ウィーンのクリスマスマーケットーマグカップが紡ぐ思い出
「今日仕事の後、プンシュ飲みに行かない?」
11月下旬からウィーンの各地でクリスマスマーケットが始まると、こんな会話が出てくる。ウィーンでは、クリスマスマーケットで一緒にプンシュを飲むことは、コミュニケーションの一つになっている。
”プンシュ”ってなに?
そう思われた方もいらっしゃるだろう。ドイツでは、冬の寒い時期になるとグリューワインが飲まれる。ワインにシナモンやローリエなどの香辛料、アップルなどの果汁とお砂糖を入れて作るホットワインで、クリスマスマーケットでも見かける。そして、オーストリアでは同様にプンシュが飲まれる。プンシュとはいわゆるパンチのことで、蒸留酒、お砂糖、レモン汁、お水または紅茶、それから香辛料を混ぜて作る飲み物のこと。さらにフルーツやキャラメルなどで味付けされ、ホットカクテルのように甘くフルーティーになる。
それぞれのマーケット、屋台によりオレンジプンシュ、ベリープンシュさまざまな種類のプンシュが並ぶ。外の気温は5度あれば暖かい方で、時には0度やマイナスになる寒さ。マーケットの中を歩いていると、体が芯から冷えてくる。そんな時、マグカップによそられたこのプンシュを飲むことで、体をポカポカに温めてくれるのだ。
このプンシュの器であるマグカップは、マーケットによりデザインが違う。プンシュを購入すると、まずは自動的にデポジットとしてこのカップ代も支払うことになる。そして、飲み終わってマグカップを返却すると、カップの分現金が戻ってくるという仕組みになっている。
「この絵かわいいよね、どうする? 私持って帰る!」
ということで、年々種々のカップが家の食器棚に仲間入りすることになるのである。
ウィーンではいたるところでクリスマスマーケットが開かれており、それぞれに異なる雰囲気がありステキなのだが、この記事の中で全てを紹介することは残念ながら難しい。そこで今回は、これまでに楽しんだプンシュとカップとともに、厳選した2つのマーケットを紹介させていただくことにする。
まず一つ目は、シェーンブルン宮殿のマーケット。
ウィーンに来てシェーンブルン宮殿を見ない人はいないと言われているほど、有名な観光名所である。ハプスブルク家の夏の離宮としてマリアテレジアの時代に完成した。黄色い宮殿はテレジアイエローと呼ばれており、マリアテレジアが好きだった色だとか、当時財政困難で金色にするお金がなかっために黄色にしたなどと言われている。
門を入ってから、宮殿の入り口まではかなり距離があるが、遠くに光るライトアップされた宮殿の美しさに目を奪われる。
クリスマスマーケットは、宮殿の前に立つ大きなクリスマスツリーの左右に並んでいる。ぐるりと歩いて見て回るのにちょうど良い広さだ。ツリーの横にはステージが設置されており、クリスマスキャロルなどを歌うコーラス隊なども登場する。
ではさっそく、ここでの思い出のプンシュを紹介しよう。
その名は、”シシープンシュ Sisi Punsch ”
ハプスブルク家の宮殿ならではであろう。プンシュ自体はベリー系の味だったと思うのだが、このホイップクリームに注目してもらいたい。銀色の砂糖粒が付いている。これは、シシーが長い髪につけていた髪飾りを表しているのだと思われる。ゴージャスなプンシュなのだ。クリームが溶けてマイルドな味になる。
この時のカップは持ち帰らなかったが、ちゃんと別の年に訪問したシェーンブルン宮殿マーケットのマグカップがある。白いカップに宮殿が描かれており、特にクリスマスを象徴したものでもないので季節を問わず使える。
どこのマーケットにも、アルコールが苦手な方や未成年のお子さん用に、アルコールフリーのキンダープンシュ(子供用プンシュ)もある。味のバリエーションはないが、マグカップに注がれた温かいプンシュを飲むことで、同じようにワクワク感を体験できる。
二つ目に紹介したいマーケットは、ウィーンのラートハウス(市庁舎)前のマーケット。ウィーンの中でも一番規模が大きく、やはりここをはずすわけにはいかない。
ウィーンの中心地を走る環状線、リンク通り沿いに市庁舎はある。19世紀後半に建てられたネオゴシック様式の建物。この市庁舎前広場では、クリスマスマーケットの他、1月終わり頃にアイススケートのリンクが設置され、夏には野外フィルムフェスティバルの会場になったりと、あらゆるイベントが行われる。
クリスマスマーケットでは、広い会場内を走る列車型のトロリーも見ることができる。
リンク通り沿いの入り口を入るとすぐに、クリスマスの屋台がずらりと並ぶ。クリスマスオーナメントやキャンドル、帽子や工芸品など見ているだけで楽しくなる。
そして、いい匂いが漂ってくるなと思うと、そこには美味しそうな食べ物の屋台が登場する。甘いドーナツやクレープなどもあるけれど、私がお勧めしたいのはこちら。ランゴシュと呼ばれるハンガリーの揚げパン。
ハンガリーの家庭料理であるランゴシュは、サワークリームとチーズをのせて食べるのが一般的なのだが、ウィーンの屋台で見かけるランゴシュは、薄いおせんべいのようにカリッと揚がったお菓子のよう。ガーリックの香ばしい香りを嗅ぎながらかじりつくと、口の中に熱々の甘いパン生地が広がり、ジュワッと溶ける。顔面を覆うほどの大きさにまたテンションが上がる。
そのほか、日本のお祭りのようにリンゴ飴も並んでいる。子供のころ、口いっぱいにほうばって幸せな気持ちになったことを思い出す。
ここオーストリアやドイツのあたりでクリスマスに欠かせないお菓子といえば、クリスマスクッキー。しっとりしたクッキー生地にお砂糖やジャムがのったクッキー、ついつい手が止まらなくなる。私のお気に入りは、バニラキプフェルという三日月型の粉砂糖がかかったクッキー。
さて、食べ物を堪能したところで、プンシュを紹介しよう。
ここではプンシュ自体というよりも、マグカップの方に焦点を当ててみる。
家の食器棚に収められているカップたち。
右側は、私がウィーンに住みはじめて1年目に訪問した時の記念すべき第1号。シンプルに市庁舎とクリスマスツリーの絵が描かれているもの。そして、左側はその何年か後のもの。凹凸のついた絵に変わっており、気に入って再び連れてきた。
それから、マーケット側も色々と試行錯誤をしたのであろう、バリエーションが増え、赤いハート型のカップが登場した。これはやはり見逃せない。
続いて、今度はブーツ型のカップ。クリスマス気分を盛り上げてくれること間違いなし。
こうして改めてカップたちを眺めていると、マーケットを訪れた時の思い出がよみがえる。その時一緒に訪れた友人たちの顔や会話が浮かんでくる。
初めて市庁舎のクリスマスを見た時は、まるでディズニーランドのシンデレラ城のように美しいライトアップだと思ったものだ。けれど、今思えば、それは違う。ウィーンのクリスマスイルミネーションは、都会のような賑やかな輝きではなく、素朴な明るさなのだと思う。冷えた体をポカポカに温めながら、友人たちとの時間を過ごす憩いの場。
市庁舎前の広場の木には、毎年ハート型のライトが飾られていた。優しい気持ちがあふれているように感じる。
本日も長文にお付き合いいただきありがとうございました。