【配給会社ムヴィオラの映画1本語り】『春江水暖〜しゅんこうすいだん』⑨声フェチ発動!
昨日はグー・シャオガン監督とZOOM取材を、なんと7時間30分も!監督、本当にありがとう。通訳さんにも大感謝。またもたっぷり面白い話を聞きましたが、新聞やwebメディアのインタビューなので、内容は各媒体で掲載されたらご案内と言うことで。
*ZOOMインタビュー中のシャオガン監督
前回『春江水暖〜しゅんこうすいだん』の“音”について書いたので、今日は“声”について。映画の音が好きな私としては、声も音の一種なので「好きな俳優」は「好きな声」の持ち主となる。脳科学を勉強してないので定かではないが、視覚情報よりも、耳から入る情報の方が好き嫌いで判断しているような気がするので、「いい声」ではなくて「好きな声」である。
なのでまたも誰の役にも立たないかもしれないが、私の「声が好きな五大俳優」は、ケーリー・グラント、ジョン・ウェイン、ダニエル=デイ・ルイス、レイフ・ファインズ、そしてアン・ソンギさん。この五人の声、この五人のセリフがあれば、どんなにつまらない映画でも(ということはあまりないのだけれど)ずっと見ていられる(聞いていられる)自信がある。
*ケイリー・グラントの機関銃のようなセリフ!カッコ良すぎる!
そうした有名俳優の声とはまた別に、それまで見たことがない役者でも、その声やセリフの感じがたまらなくて、そのシーンを何度も見たくなることがある。その代表が、侯孝賢監督『恋恋風塵』のヒロインのホンを演じたシン・シューフェンとおじいさんを演じたリー・ティエンルーの声で、バイクを盗もうとするワンに「やめてよ」とホンが何度も懇願するシーンや、おじいさんが孫に向かって「(スープの)油ばかり飲むんじゃない!」と叱るシーンはその声が聞きたくて何度も何度も見た。
*『恋恋風塵』でホンちゃんが「やめて、やめてよ」を繰り返すあたり。
そういう偏愛視点から『春江水暖〜しゅんこうすいだん』を語ると、私はこの映画に出てくるお婆さんと孫娘グーシーの細い声と、料理屋をやっている長男夫婦の少々乱暴な喋り声が好きでたまらず、中国語もできないくせに真似したくなり、長男夫婦などその声や喋りを聞いているだけで行ったこともない富陽(映画の舞台)に自分も一緒に生きている気がしてくる。
予告編にも入っている冒頭の祝宴シーン。お婆さんは倒れる前にダウン症の孫息子に「紅包」を渡そうとして倒れるのだが、この時の孫息子を呼ぶ「カンカン」という声。そして、認知症が出てしまってから、家族の顔もわからぬ時があるのに、昔の写真を見て嬉しそうに一番末の息子の呼び名「ラオシャオ、ラオシャオ」と繰り返すシーン。これはどっちも真似たくなってしまうほどに愛おしく、後者などは涙がじんわり滲んでくる。
*「これがラオシャオ?」「ラオシャオ?」。そうよ、お婆ちゃん!
この三人だけでなく、『春江水暖〜しゅんこうすいだん』の登場人物は誰もが、その役にぴったりな声で、その役にぴったりに喋る。彼らがほぼ全員素人で、映画で演じるのも初めてだなんて信じがたいが、シャオガン監督がそもそも脚本もあてがきしたこと、現場でも大体の内容だけ決めて好きに喋らせたこと、そしてとにかく彼らをリラックスさせたからこそ。それらがあってこその素晴らしさなのだろう。
何度も繰り返して恐縮ですが、『春江水暖〜しゅんこうすいだん』は耳でも楽しんで欲しい映画なのです。
おまけ)私の好きな声ベスト10には、素人系部門にはアピチャッポン映画の隠れたヒロイン、ジェンおばさんの声、そして有名俳優部門ではマルセル・カルネとジャック・プレヴェールによる名作『天井桟敷の人々』でのジャン=ルイ・バローが犯罪大通りで「ガラーンス!」と叫ぶ声が間違いなく入ります。みなさん、ぜひ聞いて!
2021年1月20日 ムヴィオラ 武井みゆき