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女に愛はない?

映画「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」

2018年に日本で公開された「心と体と」という映画がとても好きでした。
コミュニケーション障害の若い女性と、片腕が不自由な中年男性の静かなラブストーリーですが、食用動物を解体するシーン、自殺を図った女性の手首から血が吹き上げるシーンといった、二人の紡ぐ静謐なキャラクター像と相反する衝撃的な映像が記憶に残っています。
「心と体と」を作ったエニェディ・イルディコー監督はハンガリーの映画監督。ハンガリーは日本と同様に姓名順なので、エニェディが名字、イルディコーが名前と思います。女性です。
氏による最新作が「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」です。

妻と妻の恋人かと疑う男にはさまれる夫

妻のお話というタイトルどおり、全編を通じて夫の視点から見た妻を描いています。夫は貨物船の船長で、おそらく40歳くらい。船が帰港し、結婚を思い立った彼は、カフェに最初に入ってきた女性と結婚することを思いつき、入ってきた女性に本当にプロポーズして、お互いの素性をほとんど知らないまま、二人は結婚します。
新婚だけど、夫は妻を置いて出航。いちど海に出ると数カ月は帰ってこない遠距離夫婦。妻は最初のうちこそ夫が帰宅すると喜んでいたものの、しばらく経つと、帰ってきてもそっけなく知らんぷり。でもこの態度、女からしたら非常に共感できます。夫のいない生活に気持ちが慣れてるんです。
そのうち、妻には愛人がいるのでは? と疑りだした夫は、妻を尾行し、探偵を雇って調べさせ、ついには船長をやめて陸の仕事につきました。妻への嫉妬のあまり、ほかの女性に近づいて、もうすぐ離婚するから結婚しようとか言いだす始末……。そこまで嫉妬するほどに、夫の視点から見る妻は謎めいていて、本心がつかめないのです。レア・セドゥが役にぴったりはまっています。

「アデル、ブルーは熱い色」からおよそ10年経ても
かわらず神秘的なレア

夫が疑うように、妻は浮気していたのでしょうか。
探偵の調査結果は、全くその気配はないというものでした。
全編、夫の視点だけ描かれているので、夫の留守中、妻が誰と何をしているのか、観客には分かりません。わたしは探偵の調査結果どおりと思います。仮に浮気をしていたとして、愛人がいたとして、それがなんなのでしょう。そもそも国籍も違うし、夫の転勤に応じてハンブルクに付いていっただけでもエラいというのは女の意見でしょうか。最初はたくましい船長なのに、疑るあまり、だんだん小さい男にかわっていく夫にむしろ女性的なものを感じます。
監督はインタビューで、この作品を「愛の万華鏡」と語っていらっしゃいます。鑑賞中はまさに、一組の夫婦の美しい瞬間と脆い瞬間を万華鏡から覗いているようでした。

エニェディ・イルディコー監督作品では他に、「私の20世紀」を4K版で見ました。一人三役だったこともあり、わたしにとって一番難解だったのは監督のデビュー作である当作で、いまも思い出すと頭がこんがらがってきます。

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