ノーベル文学賞に魅せられて。スウェーデン文化の真髄、私が「ノーベル文学賞の研究」をライフワークとする理由〜アルフレッド・ノーベルが人類へ残した意志を読み解く冒険〜
毎年10月の木曜日に、その年のノーベル文学賞の受賞者が発表されます。この「ノーベル文学賞の受賞者発表」は、数ある文学の行事の中でも、年間で最も盛り上がる、世界規模の一大イベントと言っても過言ではないでしょう。
年に一度のこの文学イベントを、私は毎年本当に楽しみにしています。
何故かというと、ノーベル文学賞の歴代受賞者の作品にハズレがないからです。
セルマ・ラーゲルレーヴ、トーマス・マン、オンドレ・ジド、ウィリアム・フォークナー、アルベール・カミュ、サミュエル・ベケット、ガルシア=マルケス、クロード・シモン、トニ・モリソン、大江健三郎、ボブ・ディラン、そして直近のヨン・フォッセ。
どの受賞者の作品を読んでみても、例外なく読み応えのある面白いものばかりで、選考団体スウェーデン・アカデミーの選考の手腕に、私は全幅の信頼を置いています。
[1] 全てはこの問いから始まる【受賞者はどのようにして決まるのか?】
ノーベル文学賞は、世界中の作家に受賞のチャンスがある賞です。
では、世界中のありとあらゆる作家たちの中から、いったいどのようにして、毎年たった一人の作家を受賞者として選び出しているのでしょうか?
これが気になって、ノーベル文学賞の選考過程、選考団体スウェーデン・アカデミーの研究をはじめて早10年以上。趣味で始めたことが、気づけば今では私のライフワークになっています。
そして、長年の研究と分析の甲斐あって、昨年、私はノーベル文学賞の受賞者を事前に予想して的中させることができました。それも、ただの直前予想ではありません。予想は前年2022年の時点で既に割り出していて、受賞者発表が行われる1ヶ月前の2023年9月初旬、私はYouTubeで「今年のノーベル文学賞はヨン・フォッセが受賞します」と断言した動画を配信し、そう判断した根拠5つを約20分にわたって解説しています。
受賞者発表の約1ヶ月前、2023年9月6日配信の動画
私が分析によって辿り着いた予想は実際に的中していますので、少なくとも私の分析の方向性は的外れではなかったと言えるでしょう。つまり、公式サイトや公式文献など「一次ソース」となる情報を集めて独自に分析をしていくことで、ノーベル文学賞の受賞者を割り出すことは不可能ではない、ということを、世間に向けて示すことができたのではないかと思うのです。
大手ブックメーカーの予想リストや、他人の分析を拝借しただけなのに、ノーベル文学賞の受賞者を自分で予想したかのように装う人がいますが、そんなことをしなくても、ノーベル賞の公式サイトはじめ公開された情報だけを駆使して、方向性を間違えずにきちんと分析を掘り下げていけば、正解に近づくことは可能である、と私は考えます。
大事なことは、ノーベル文学賞の選考が「どういった理念のもとに行われているのか」という基本的なことをきちんと押さえた上で、あくまでも公式の情報、公式の文献という、いわゆる「一次ソース」をもとに分析していく、ということです。
もう一度、最初の質問に戻りましょう。
ノーベル文学賞の選考は、世界中のありとあらゆる作家たちの中から、いったいどのようにして、毎年たった一人の作家を受賞者として選び出しているのか?
この記事では、私がノーベル文学賞の受賞者の予想分析を行うにあたって、どのように情報を集め、それらをどのように整理し、どのように見当をつけていくのか、その一端をお見せできればと考えています。
ラドブロークスやNicer Oddsなど、大手ブックメーカーの予想リストに頼らずとも、それらより正確な分析はできるのです。
そして、こういった記事を書いていくことによって、間接的に、ノーベル文学賞の選考が如何にきめ細やかで時間のかけられたものであるのか、ひいては、その根底に流れる創設者アルフレッド・ノーベルの理念が如何に慧眼であったのか、その精神がスウェーデン文化の真髄として二十一世紀の現代のスウェーデンにもしっかりと根付いているのだ、ということをお伝えできるだろうと私は信じています。
[2] ノーベル文学賞の受賞条件
では、見ていきましょう。
まずは「受賞条件」の確認です。
ノーベル文学賞の選考基準ないし受賞条件は、創設者のアルフレッド・ノーベルが遺言に残した言葉にあります。該当箇所の記述を抽出してみましょう。
基本的な事柄の確認になりますが、「ノーベル賞」というのは6つ賞の総称で、文学賞以外に物理学賞、化学賞、生理学・医学賞、平和賞も含む、計6つの賞から構成されています。
上記の[1]の方の条件は、これら6つの賞全体に共通の受賞条件となります。
一方で、上記[2]の方の条件は、文学賞のみに課せられた受賞条件です。
ノーベル文学賞について語る人は、この[2]の方の条件、特に、その文言の中の「理想的な方向」という部分に過剰に着目や言及をしてしまい、[1]の方の条件を蔑ろにしがちです。[2]の方の条件は文学賞に対して課せられた条件ですから、当然、文学賞の選考においてはこちらの条件の方が重要だと考えてしまうのでしょう。決して[2]が「重要でない」ということではないのですが、しかし、文学賞の選考単体においても、より重要な条件は[1]の方なのです。
より正確な言い方に変えて繰り返します。
[2]の条件よりも【遥かに重要】なのが[1]の条件です。
何故かというと、これはノーベル賞の創設者アルフレッド・ノーベルの意思、ノーベル賞の創設理念の根幹に関わる内容だからです。ノーベル賞とは、より平たい言い方をするならば【人類へ貢献した人物を讃える賞】なのです。
[3] 最も重要なこと【人類への貢献】
では、文学作品で「人類へ利益をもたらす」とは、具体的にどういうことなのでしょうか?
実は、これはノーベル賞の開始当初である1901年の段階から選考委員たちを悩ませてきた問題でもありました。
とはいえ、ノーベル文学賞は、第1回が開催された1901年から2024年現在までに100年以上続いていて、戦争の影響で途中何度か開催を中止した年を挟みつつも、現時点までに100名以上の受賞者を既に輩出しています。
見方を変えて、選考委員たちの側の立場に立って考えるならば、彼らは毎年、世界中の作家たちの中からたった1名の受賞者を「決定」しなければならないのです。そして、その「決定」をもう100年以上も続けています。
2024年現在、100名以上いる歴代の受賞者たちは、選考委員たちに作品の内容を吟味され、他の候補者たちよりも受賞に相応しい、つまり、アルフレッド・ノーベルの提示した条件に見合う、と判断された上で、最終的に、受賞が「決定」されているわけです。
以上の観点を受けて、最初の問いに戻ってみましょう。
どのように受賞者を選び出しているのか?
その最大のヒントは、歴代受賞者たちの作品の中にこそあるはず…
いや、あるべきでしょう。
[4] 歴代受賞作家たちの共通点
ノーベル文学賞の歴代受賞者たちの作品を読んでいくと、たしかに、作品の中に漂う共通の雰囲気のようなものがいくつも感じ取れます。 そのうち、私の見出した共通点の中で、特に興味深いと思うものを二つご紹介いたします。
一見すると、これら2つの特徴は矛盾しているように思えるでしょう。
一方では「自国の文化」と言いつつ、他方では「人種や国境に捉われない人類全体」と言っているからです。
しかし、これら相反する2つの方向性の共存を表現できるのが、他ならぬ「文学」という表現方法なのではないでしょうか?
自身の土台をしっかりと持ちつつ、同時に、人種や国境に捉われず、人類全体へ視線を向け、世界を見渡す。
ただ単に土着性があるだけではダメ。
ただ単に普遍性があるだけでもダメ。
これら相反する2つの方向性を同時に満たしている作品であること。
これが、私が歴代受賞者の作品を読み込んでいく中で見出した共通点です。
ノーベル文学賞の選考過程は50年間秘匿されますので、この観点が、実際の(特に現在の)選考においても適用されているのかどうかは分かりません。しかし、自身の生まれ育った土地の歴史/文化/伝統を語ることと、人種や国境にとらわれない視点で人類を語ることは、明らかに、アルフレッド・ノーベルが遺言で残した受賞条件「人類への貢献」に見合うあり方です。
これは全く的外れな観点ではなく、むしろ、かなり正解に近い見方ではないでしょうか。
私のノーベル文学賞の受賞者予想では、これ以外にも様々な観点から分析を行いますが、予想する作家がある程度の数まで絞られ、あとは作品の内容で判断するのみ、という最終的な段階においては、上記の[共通点1]と[共通点2]を同時に満たしているかどうか、という観点から該当作品を読み込み、受賞の可能性が高いかどうかを判定します。
つまり、分析の一番最後、最終的な判断をする際に、このポイントを確認しているのです。
ここまでのまとめ
まだまだ書きたいことはたくさんあるのですが、今回はここまで。
日々、分析研究していく中で、上記のような発見が毎日のように出てきます。今後の記事でも書いていきますが、古典だけでなく、現在受賞が検討されているだろうと思われる作家を探し出し、それらの作品に目を通していくだけでも、世界文学の最前線のようなものが、それまでよりも、くっきりと見えてきます。
ノーベル文学賞の選考過程を研究していくだけで、その副産物として、それまで決して知ることのできなかったような、世界のさまざまな新しい文学作品に出会えるのです。
また、受賞条件を確認していくことをきっかけにして、この賞がどのような理念に基づいて創設されたものなのかが徐々に明らかになっていき、そこに通底する精神の奥深さも知ることになる。(これについても今後の記事でより掘り下げて綴っていきましょう。)
以上が、私がノーベル文学賞の研究をライフワークにしている理由の一部です。
2024.07.12 文学YouTuber ムー