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【掌編小説】チアーズ!(800文字)
「今日さ、歯を磨こ思て寝ぼけてたから洗顔フォームを口に入れた蟹みたいに泡が出てん激まずで目ぇ冷めた。それだけ。」
隣に座る肩が触れそうな距離。
右隣のあなた、照明がわたしを少しでも美しく見せてくれるといい。
バーテンもいい感じに客を無視してくれて楽。
あなたの言葉は耳に入る前に形を持ち色づく。
ブルームーンを一口啜る。
「バーって緊張するね、私慣れてないからどきどきする。」
「バーは暗いしな、そりゃカクテルとかレモンサワーよりは値段お高いわな。」
笑ったときに見える八重歯が心に刺さる。
お願い一生矯正しないで下さい。
念仏唱えるように心に刻みこむ。
「あーっ酔っぱらった。次どこ行く?」
酔ったふりしてさり気なく、あなたの左手に右手を重ねる。
あなたは慌てて左手を引っ込め、「宮口とこれから会うんや。」と言い、「これ、俺の分な。」とくしゃくしゃの1000円札を2枚渡して寄こし、アメスピを尻のポケットに入れて店から出て行った。
とって食うとでも思ってるのか?
次に予定があるなら先に言っとけよ、ばか。
バーテンはこちらに背を向けている。
恥ずい。
振られ女、酔っぱらい作戦も失敗の女。
宮口って誰だよ、もうどうでもいいけれど。
ここで少し呑む?このまま帰るか。
割り勘問題ってあったよな、男がおごるのか割り勘がいいのか。
お金がある方が払えばええんでないかい?
まぁ友達以下の二人なら割り勘が適切ではないだろうか、今回の我々のように。あいつの置いていったくしゃくしゃのお札を見る。
あいつ八重歯以外いいとこなかったわ。
話も面白くないし、中途半端なリアクション。
「すみません、ジントニックお願いします。」
もうこう来たら好きなもん呑もう!
「あとミックスナッツも!」
脳内で懐かしのブルゾンちえみのネタがオートリピート、当時は只々笑ってた。
35億?
恋愛しようと思えばこの世にはまだまだ相手がいるらしい。
お祝いだ、つまみと好きなお酒を呑もう。
チアーズ!