不思議かもしれない話を思い出した話②
私の予知なのか、引き寄せなのか、こじつけ妄想なのかという話の別のケースの話をしようと思います。
・母が自転車に乗って出かける
・夜になっても帰ってこない
この2つが共通すると自分の中で胸騒ぎが止まらなくなって「どこかで母が交通事故に遭っていたらどうしよう」という謎の恐怖感に見舞われて自分でもどうしようもない謎の不安に襲われるということがありました。
夜になっても帰ってこない母に連絡取りたくても母は携帯を持っておらず家にも連絡しないため不安な気持ちのまま母の帰りを待つのです。
大体が夜遅くなっても母はあっけらかんとした感じで帰ってきます。
私は「連絡もしないで遅くなって!交通事故に遭ってるんじゃないかって心配したよ!」
母は「心配し過ぎだね車には気をつけてるし私は大丈夫よ」
みたいなやりとりを3〜5年間くらい続けたと思う。
でも私の謎の恐怖心は消えない。
そればかりか強くなる一方でガチギレして母とケンカしたこともあった。
そんな、ある日
いつものように自電車で出かけた母は夜になっても帰ってこないある日のこと家に謎のダイヤルナンバーから電話がかかってきました。
「こちら、〇〇病院ですが、おたくのお母様が交通事故に遭い病院にいますので───」
わーっ、また現実になっちゃったじゃないかーっ
頭が真っ白になりつつも日々の謎の不安と妄想のおかげでシミュレーションになってたので現実になっても冷静に行動できました。
とりあえずATMに行って現金をたくさんおろしました。
どこの病院か分からないし調べる余裕も気力もなかったのでタクシーに乗って病院の名前だけ言って運転手さんに任せました。
母の様態がとても心配でしたが携帯電話も持ってないし連絡先のメモも持たない母から私のところに第三者から連絡がきたということは母が自分で電話番号を伝えたという証拠です。
意識はあるし喋れるはずだから大丈夫に決まっている…どうにかなりそうな頭で必死に考え続けました。
病院に着くと救急車の費用(10000円)だけ請求されました。
あちこち体や頭を強く打っていたものの母の意識はあったので入院とかもなく、この時は家に帰されました。
母によると頭を強く打ちすぎたのか事故の記憶はいっさいなくて気づいたら病院だったとのこと…母が乗ってた自転車は歪んでたし事故現場の道路には事故後によく見るチョークのマークの跡が残っていました。
車が右折する時に夜で視界が暗く見えなかったのか自転車に乗ってた母ごと轢いたようです。
青信号で横断していた母は悪くなくて車が悪いパターンです。
後に警察署の刑事さんから運転手を告訴しますか?起訴できますよって言われました。
母は優しいので「命は無事だったし告訴はしません」って答えてから何日も過ぎた日のこと…母は体調がよくならず「今から温泉に行く、そうすれば打ち身もよくなるかも」と言って自転車に乗ろうとしだしたんだけど、明らかにいろいろと母の挙動がおかしかったのと胸騒ぎというかピンときたので…急遽自分の職場に休みの連絡をして母を強制的に病院に連れて行くことにしました。
「温泉はなし!自転車乗るのもダメ!今日は私と一緒に今から病院に行きます!脳外科に直行しますからね!」
そしたら案の定ヤバいことが起きてました。
事故の後遺症で硬膜下血腫を発症していたために母の挙動がおかしかったのです。
そのまま緊急手術し緊急入院でICU行きでした。
手術中も病院の様子がおかしいなと思ったら母は手術中に心肺停止になりました。
お医者さんも「こんなことめったにないのですが」とか言われて、、、
まさに青天の霹靂
私は他にも近い人を(父とかもろもろ)いつも突然に亡くしてました。
人に対してお別れを言えたことは一度もなくて、いつも突然に人と別れます。
不思議かも〜①でも話した「すずめの戸締まり」を見て思い出した話につながるのですが、映画は東日本大震災をテーマとしていて3月11日の朝に「いってらっしゃい」「いってきます」と家族と言葉を交わして家を出たまま「ただいま」「おかえり」って言えなかった人々の気持ちをいまだからこそ思い出して弔うことがテーマの一部となっていました。
私は被災者じゃないけど、その気持ちが分かります。
だって突然の別れってとてもじゃないけど人は簡単に受け止めきれない。
話を母の手術の時に戻しますと…
私はというとガチギレしてました。
私がガチギレするとヤバい事象がマジで起きるので周りに迷惑をかけたくないのでめったにガチギレしないようにしてるのですが…この時ばかりはガチギレしました。
(私がガチギレすると何がどうなるかの話は機会があったら話すかもしれませんが今回は説明を飛ばします)
この時は誰に対してキレたのかというと「神様だか運命だかなんだか知らないけど、そういう存在があるのならその存在に対して」ガチギレです。
神だろうがなんだろうが私は許さない!
こんな別れ方ってあるか!
母の寿命とかなら受け入れるけど…交通事故なんて殺されたようなもんだ!
しかも相手を告訴してなかったんだぞ!
こんな終わり方…私があんまりにも可哀想じゃないか…こんな、一人っぽっちのなり方なんて…もう最悪じゃないか…
私や母がが何かしたっていうのか…
何も悪いことしてないじゃん…
私はもう…
未来永劫に神を許すことはもうないんだからな…
こんな現実は、ありえない…
と同時に思ったのは
職場を失ってもいい
全財産を失ってもいい
全ての人との縁を失ってもいい
自分が大好きなモノ全部を失ってもいい
住む家をなくしてもいいから
母の命だけは返してほしいと
全てを失ったとしても生きてさえいればどうとでもなるじゃん。
命と他のモノ全てを等価交換してくれよって…
そして…
『母は生き返りました』
3分くらい心肺停止だったそうだけど還ってきました。
母の話によるこの時は臨死体験のような状況下で三途の川を渡ってたそうです。
その時、遥か遠くからかすかに私が母を呼ぶ声が聞こえたそうで声に呼ばれて帰れたんだそうです。
もしかしたら私は常世の三途の川まで無意識に念を飛ばしてしまったのかもしれない。
「おかえりなさい」って言えることがどんなに幸せなことなのかということを私は知ってる。
という話を思い出した話
ちなみに、この後は母が自転車で出かけて夜になって帰らなくても不安に襲われることはなくなったので「ああ母が自転車に乗って交通事故に遭う未来は今後はないんだな」って理解しました。
予知か引き寄せかこじつけ妄想なのか分からないけど未来が分かるかもしれない話でした。
他にも、ひとつ現在進行形で未来に関して漠然とした、とある思いが昔からずっとあります。
詳しい内容は言わないけど…。
でも、まだ近くないし、私の妄想かもしれないので個人的にはあまり拘ってません。
でも、もしも思いがあまりにも強くなるような時が来たときは記事にすることもあるかもしれません。