岩蔵に伝わる疫病封じの民俗、「フセギのワラジ」。
新型コロナウイルスの猛威に世界中が脅かされ、ここ日本でも終息する気配が未だ感じられません。世界保健機構(WHO)では世界的な流行を意味する「パンデミック」を宣言し、感染の広がりに更に大きな不安を覚える人が多いのではないでしょうか。
日本ではこういった疫病や感染症を防ごうとする、“ならわし”や“しきたり”が各地で伝統・文化・民俗として今でも残されており、例えば「アマビエ」という名の妖怪は新型コロナウイルスに伴って注目を浴びています。「アマビエ」は病気の流行を予言し、その絵姿を見ることで流行病から逃れることができる、という言い伝えがあることから話題となりました。
そして、岩蔵地域には「フセギのワラジ」と呼ばれる文化が現在でも残っています。
今回はそんな「フセギのワラジ」について見てみたいと思います。
フセギのワラジ
「疱瘡(ほうそう)は見目定め、麻疹(はしか)は命定め」という諺がありますが、昔の日本では疱瘡(ほうそう)や麻疹(はしか)は大人も発病し、命に関わると恐れられていました。日本の歴史の中では、とりわけ737年と995年に天然痘と麻疹の大流行によって国中は混乱してしまい、政治が麻痺し、また経済もストップしてしまったとも伝えられています。
このように「流行り病」として日本各地で疫病は恐れられ、それを少しでも防ごうと、人々は目に見えない敵を擬神化し、呪術的なもの(魔除けなど)によってこれら疫病神を退け、祓う、防ぐことを行ってきたとされます。
こと岩蔵地域においても、かつての住民は昔から疫病に対する恐怖心を抱いていたようで、この「ワラジ」を村境に吊るすことで結界を張り巡らし、疫病や悪霊が村の中に入ってこないようにして、自分たちの生活の場を守っていました。
6ヶ所にあるワラジ
岩蔵に伝わる「フセギのワラジ」は、村境に6ヶ所あります。
このワラジは、毎年7月下旬に行われる「御精進日待(おしょうじんひまち)」の日に、岩蔵の住民によって縄をなうところから作られ、出来上がったワラジをそれぞれに吊るします。
岩蔵に伝わる「ワラジ」の特徴
ところで、岩蔵の「フセギのワラジ」の「フセギ」とはどのようなものなのでしょうか。青梅市郷土博物館では「フセギ」について、次のように説明しています。
「フセギ」…疫病や悪霊が村の中に入ってこないように、あるいは村の中にある災厄を村の外に追い出すことを目的として、村人が協力して注連縄(しめなわ)やワラジなどを村境に吊るし、自分たちの生活の場を守る災厄の行事。
とあります。
そして、岩蔵の「フセギのワラジ」はこの土地に伝わる民俗からなのか、他の地域の「フセギ」とは異なる点があります。
・ワラジの大きさはなんと約40cm。
・ワラジの中央に1~6個の穴が空いている。
どういうことなのでしょうか?
これらについて、学生時代に史学科を専攻され、卒論にこの岩蔵の「フセギのワラジ」を取り上げた儘多屋6代目の若女将に聞いたところ、
ワラジが大きいのは、岩蔵には昔大男が住んでいて、その大男がこの地域を守っていたと思わせるため。この村にはこんな大きなワラジを履く大男がいるから(悪霊や疫病などの悪い奴らは)入ってくるなよ!との威嚇の意味があったそう。
そして、1から6までの穴が空いているのはいくつかの説があるのですが、この岩蔵には賭場があり、かつての住民はそんな賭場のサイコロとワラジとを一緒に見立てたのでは。
と言われています。なるほど。
私も知らなかったのですが、江戸時代には日本各地の農村で賭博が流行っていて、村人は山中でサイコロを使った賭博に勤しんでいたようです。
岩蔵地域でもこのような賭場があり、その名残なのかもしれません。
まとめ
このように、岩蔵地域に伝わる「フセギのワラジ」は、代々この地域に守られてきた歴史と文化、そして、疫病などの災から生活を守る当時の住民の想いが、長い時を超えて“形”として残っている貴重なものではないでしょうか。
そして、平成31年には岩蔵の「フセギのワラジ」が東京都指定無形民俗文化財に認定されました。
地元に残る希少な民俗として、未来永劫、この地域に受け継がれることを切に願います。
まだまだ、新型コロナウイルスによる影響拡大が懸念されますが、この岩蔵を訪れ、6ヶ所の「フセギのワラジ」をすべてを巡ってみてはいかがでしょうか。
もしかしたら、「フセギのワラジ」が疫病などから私たちを守ってくれるかもしれません。