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宗教は痛み止めのオピウム

 宗教はアヘンの出典をまとめました。


ノヴァーリス

Den höchsten Grad seines poetischen Daseyns erreicht der Philister bey einer Reise, Hochzeit, Kindtaufe, und in der Kirche. Hier werden seine kühnsten Wünsche befriedigt, und oft übertroffen.

Ihre sogenannte Religion wirkt blos, wie ein Opiat

: reizend, betäubend, Schmerzen aus Schwäche stillend. Ihre Früh- und Abendgebete sind ihnen, wie Frühstück und Abendbrot, nothwendig.

Blüthenstaub
https://www.lyrik.ch/lyrik/spur3/novalis/novalis3.htm

「俗人が、最高度に詩的になる時というのは、旅行の時とか、結婚式、洗礼式、あるいは教会の中でである。そういう時にこそは、彼等のどんな思い切った望みでも満たされ、往々望み以上のことが実現されさえもする。」

”彼等のいわゆる宗教は、単に阿片のように作用するだけである。”

心をひきつけさせ、しびれさせ、人の弱みにつけこんで、心の痛みを和らげる作用をするだけである。」

ノヴァーリス論(五) ロマン主義的思考について
断章集『花粉』 (Blüthenstaub)(1798)
https://meiji.repo.nii.ac.jp/records/4863

ハイネ

「宗教は救いのない苦しむ人々のための精神的な阿片である」

Heil dieser Erfindung!

Heil einer Religion, die dem leidenden Menschengeschlecht in den bittern Kelch einige susse, einschlafernde Tropfen goss, geistiges Opium.

1840
Heine
"Ludwig Borne iv"
287 Fur Menschen, denen die Erde nichts mehr
bietet, ward der Himmel erfunden
第59号 -- Religion and Opium -- 1997.11.03
https://web.archive.org/web/20160827113903/http://www1.rsp.fukuoka-u.ac.jp/kototoi/1997_11.html#59go

ハイネとマルクス夫妻

一八四四年五月一日――イエニーは女の子を産んだ(略)

カールと『独仏年誌』を中心としてその家に集る亡命者の中には、卓抜な諸部門のチャンピオンたちにまじって、当時四十八歳だった詩人ハイネがいた。カール・マルクスより二十一歳も年長であったハイネとカールとの間には、真実な友情がむすばれていた。カールが徹夜しながら「書物の海」に埋れて社会発展の歴史とその理論を学んでいる時、ハイネは一つの詩を創るごとにカールに見せに持って来た。時々、カールに辛い点をつけられると、ハイネはその詩を夫人イエニーにみてもらった。こうしてハイネの生涯をかざった「一つの冬の物語」「織匠」などが書かれた。伝記のなかには、たった二三行で書かれているこの話は、最も暗示深くマルクス夫妻とその友人たちとの生活の雰囲気を語っている。カールがイエニーを全く独立の見識をもった一婦人として敬愛し、友人の間にもそれが承認されていたことがうかがわれる。

カール・マルクスとその夫人」 p5/12
https://web.archive.org/web/20150109000455/http://iaozora.net/ReadTxt?filename=karl_marx.txt&card_id=3265&person_id=311&from=13188&guid=ON

マルクス

Die Religion ist der Seufzer der bedrängten Kreatur, das Gemüt einer herzlosen Welt, wie sie der Geist geistloser Zustände ist. Sie ist das Opium des Volkes.

Die Aufhebung der Religion als des illusorischen Glücks des Volkes ist die Forderung seines wirklichen Glücks. Die Forderung, die Illusionen über seinen Zustand aufzugeben, ist die Forderung, einen Zustand aufzugeben, der der Illusionen bedarf. Die Kritik der Religion ist also im Keim die Kritik des Jammertales, dessen Heiligenschein die Religion ist.

Karl Marx
Zur Kritik der Hegelschen Rechtsphilosophie. Einleitung
Geschrieben Ende 1843 - Januar 1844
http://www.mlwerke.de/me/me01/me01_378.htm

宗教的悲惨は現実的悲惨の表現でもあれば現実的悲惨に対する抗議でもある。宗教は追いつめられた者の溜息であり、非情な世界の情であるとともに、霊なき状態の霊でもある。

"それは民衆の阿片である。"

民衆の幻想的幸福としての宗教を廃棄することは、民衆の現実的幸福を要求することである。彼らの状態に関する諸々の幻想の廃棄を要求することは、それらの幻想を必要とするような状態の廃棄を要求することである。かくて宗教の批判は、宗教を後光に持つ憂き世の批判の萌しである。

宗教の精神療法的機能
https://ameblo.jp/lord-of-the-north-stars/entry-11383332902.html?frm=theme

宗教上の不幸は、一つには現実の不幸の表現であり、一つには現実の不幸に対する抗議である。宗教はなやめるもののため息であり、心なき世界の心情であるとともに精神無き状態の精神である。

"それは民衆の阿片である。"

 民衆の幻想的幸福としての宗教を廃棄することは、民衆の現実的幸福を要求することである。民衆が自分の状態についてえがく幻想をすてろと要求することは、その幻想を必要とするような状態をすてろと要求することである。宗教の批判は、したがって、宗教を後光とするこの苦界の批判をはらんでいる。

宗教2009年06月29日
マルクス「ヘーゲル法哲学批判、序説」
マルクス・エンゲルス全集、第1巻、p415
https://blog.goo.ne.jp/scientific-socialism/e/758cd22a081ddd0657d4b7c93a017119

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