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英語を使いこなす力を育てる!     運用能力を高めるには?

日本の英語教育の在り方の本はいろいろあります。
英語教育の世界に身を置くはしくれとして、私自身も日々チェックしてアップデートしています。

そんな中、「言語知識」と「言語運用」のバランスについて「多読」指導の観点から、次のような文言にあるとき目が留まりました。

「多読」といっても、学習者は多読指導以外の場で学んだ語彙や文法などの知識を利用して多読をしているわけで......

やさしい教材から始める配慮はするものの、英語を外国語として学習する時には、英語と言う言語のしくみについて何の知識もない場合には、読むこと自体が不可能だと述べています。

これは至極当たり前のことで、EFL環境下では、言語知識という前提がない場合に、言語運用もへったくれもないわけです。

つまりメタ言語的な能力を使い、“about English”について分析する方法、これは学校で習う単語や文法、構文といった英語そのものについての知識です。そしてそれらをきちんと習得したうえで、はじめて、“with English”の段階にすすめるということです。

英語が使える日本人とは、多くの人が思い浮かべるのは、英語での運用能力のある人のことでしょう。英語「で」、つまりwith Englishで読み・書き・話す・聞くことができる人です。

残念ながら、学校の限られた授業の中だけで、運用能力を身に付けた人は、一部の特殊な例外を除き、まずいないでしょう。週3時間程度、高校卒業までに1000時間をちょっと超す程度では、正直厳しい。

でも、そんな環境の中、成功した学習はここ日本でも多数存在します。
どういう人かと言うと、

獲得した言語知識をそのままで終わらせず、言語運用への落とし込みに成功した人達


です。その成功の要因は何なのか。

色々ある中、一番のキーはズバリ英語に触れた「exposureの量」です。

動機づけはもちろん、接触の仕方、学習方略などもそうですが、接触量がずばぬけてあった。例外なく皆そうです。

野球選手で言えばイチロー選手や大谷選手のように明確な目標のもと、毎日同じことをコツコツ長期に渡って継続できる態度、習慣が身に着いていた人とも言えます。

膨大な量に接していると、言語的直観、すなわち語感が働くようになります。単語と単語の相性にも敏感になってきます。いわゆるコロケーションですね。

また、英文を読んでいる時にも、脳内のワーキングメモリーが有効に働くようになり、「処理」と「保持」のバランスがとれてきて、2つの並列作業が困難をともなわずできるようになってきます。これは制限のある処理資源を上手に活用できることを意味し、早く、正確に、そして深く理解することを可能にしてくれます。

こうなると好循環です。

こんなことを考えて行くと、いかに授業という限られた時間空間で、語彙、文法、談話構造などの「言語知識」を、読み・書き・話す・聞くの技能、すなわち「言語運用」に落とし込んでいけるか、つまり量の確保へとつなげていけるかが、言語教育のカギを握っているんじゃないかな、と思った次第です。それには、授業外の時間との連携をいかに構築するかにかかっているかと。

単に授業で英語を学ぶだけでなく、興味・関心の喚起から生活習慣の確立まで、まさに外国語である英語が使えるようになるということは、包括的な取り組みがあってこそ可能だと言えるのではないでしょうか。学校で習ったからできる、という単純なものじゃないんですよね。はいー。

話は変わって、しかし、今の大学生は、洋楽を聞かなくなったのは仕方ないにしても、テレビは全く見ないし、映画もほとんど見ない、知らない。昨日、例年時期的に「ホーム・アローン」の季節なのでこれを使って今年も授業をやろうとしたら、誰一人知りませんでした。

「えっ?」


「ホーム・アローン」と言ったら、鉄板中の鉄板ネタで、子供の頃にまずどこかで見ているはず。少なくとも名前くらいは聞いたことがあるはず。去年も同じ時期に同じことをやったら全員知ってました。その前も、またその前の年も。知らない人に出会ったことがなかったからです。

どおりで宇宙人相手に授業やってる感があったのはこのせいだったんですね。とほほ………。


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