映画「徒花」に考える、人の"価値"とはどこにあるのか【映画感想文】
テアトル梅田にて映画『徒花-ADABANA-』を観てきました。
死の病に侵された人間のための、医療としてのクローン人間。
このテーマを知ったとき真っ先に思い浮かんだのは、カズオ・イシグロ著『わたしを離さないで』。
この本はかなり衝撃的だったので、同じようなテーマを扱う『徒花-ADABANA-』にも期待が高まりつつ、二番煎じというか、語りつくされたような内容にならないだろうか?という不安もあり。
しかし、待っていたのは想像をはるかに超えて「わたしたちに考えさせる」余白を持った映像でした。
命の価値とは?幸せとは?
新次が初めて「それ」と対面したシーンが印象的でした。
「それ」は、とても無邪気で幸せそう。
てっきり自分の運命を知らないでいるのだと思っていたら、なんと彼はすべてを知っています。
「それ」は言います。
「与えられた運命を受け入れると、命の価値が生まれます」と。
新次も「それ」に言います。
「君は僕より価値ある人間だ」と。
人の価値ってなんでしょう?
地位や権力ではない、心の豊かさのことでしょうか?
地位や財産を持ち、外の世界を知っていても心が自由でない新次。
施設から出られなくても季節の移ろいを感じ、心が自由な「それ」。
2人の対比が、残酷でした。
作中には新次以外の「それ」も出てきますが、みんなもれなく純粋そうで、幸せそう。
それはなぜかというと、おそらく元となった人間の「幸せな記憶」だけを見て学習しているから。
人生、酸いも甘いも……と言いますが、もしかしたら「甘い」だけの方が心は自由で幸せなのかもしれない……というようなことを考えさせられます。
新次は生きるのも死ぬのも恐れている
この映画でもっとも印象に残ったセリフがこちら。
「君の本棚を見てみたい」。
初めて対面したとき、新次が「それ」に言った言葉です。
衝撃を受けました。
医療の道具ではなく、自分のクローンでもなく、一人の人間として相手を尊敬していることがわかったから。
わたしが新次の立場だったら、こんなセリフ出てくるだろうか?
というかそもそも「それ」に会いたいと思うだろうか?
新次は、生きることに対しての執着があまりなかったのかもしれません。
彼の思いだす記憶は、辛いものばかりで、そんな人生に嫌気がさしていたのかも。
新次はこうも言いました。
「君は過去に見覚えのある、僕の失った顔だ」。
「それ」に会って、こうなれるかもしれなかった、「幸せに生きる自分」を垣間見た。だから、自分よりも「それ」に生きてほしいと願ったのではないでしょうか。
だけどやっぱり新次に言いたい
はっきり描かれてはいないけれど、おそらく新次は手術を拒否して亡くなったようです。
きっと、自分よりも「それ」の方が生きる価値がある、と思ったんでしょう。
でも、それはちょっと違うんじゃないかい?とわたしは新次に言いたい。
少なくとも、娘(と妻も?)にとっては「それ」ではなく「新次」が生きていることに意味があったのではないでしょうか。
死に直面して、新次が思い出すのは他人から押し付けられた「不幸」な記憶ばっかり。
でも、本当にそれだけの人生だったのか?
娘が生まれたとき、幸せを感じなかったのか?
少なくとも娘はあなたを愛してくれていたんじゃないのか?
勝手なことしてんじゃないよ!と、言いたい。
ここでも、ネガティブな記憶しか思い出せない新次と、幸せな記憶だけを学習している「それ」との対比が辛いです。
「生きる意味」を考えずにはいられない作品
映像も音楽も紡がれるセリフもとても美しいのに、描かれる内容はどこまでも残酷。その間にある「余白」が、わたしたちを思考の渦に引き摺り込みます。
冒頭で書いた『わたしを離さないで』とは違い、「それ」の提供を受ける側の視点から描かれていることで、より「生きる意味」を考えさせられる内容になっていました。
生きるとは、他の命を犠牲にするということ。
自分に、その価値があるのか?
生きる意味とは?
幸せとは一体なんなのか?
永遠に答えの出ない問いを、目の前にそっと差し出されたような気がします。
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