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映画「徒花」に考える、人の"価値"とはどこにあるのか【映画感想文】

テアトル梅田にて映画『徒花-ADABANA-』を観てきました。

死の病に侵された人間のための、医療としてのクローン人間。
このテーマを知ったとき真っ先に思い浮かんだのは、カズオ・イシグロ著『わたしを離さないで』。
この本はかなり衝撃的だったので、同じようなテーマを扱う『徒花-ADABANA-』にも期待が高まりつつ、二番煎じというか、語りつくされたような内容にならないだろうか?という不安もあり。

しかし、待っていたのは想像をはるかに超えて「わたしたちに考えさせる」余白を持った映像でした。

(あらすじ)
裕福な家庭で育った新次(井浦新)は、妻との間に一人娘も生まれ、周りから見れば誰もが望むような理想的な家族を築いていた。
しかし、死の危険も伴うような病気にむしばまれ、とある病院で療養している。

手術を前にした新次には、臨床心理士のまほろ(水原希子)が心理状態を常にケアしていた。しかし毎日眠れず、食欲も湧かず、不安に苛まれている新次。まほろから「普段、ためこんでいたことを話すと、手術に良い結果をもたらす」と言われ、過去の記憶を辿る。
そこで新次は、海辺で知り合った謎の「海の女」(三浦透子)の記憶や、幼い頃の母親(斉藤由貴)からの「強くなりなさい、そうすれば守られるから」と言われた記憶を呼び起こすのだった。

記憶がよみがえったことで、さらに不安がぬぐえなくなった新次は、まほろに「それ」という存在に会わせてほしいと懇願する。
「それ」とは、病気の人間に提供される、全く同じ見た目の“もう一人の自分(それ)”であった……。

「それ」を持つのは、一部の恵まれた上層階級の人間だけ。選ばれない人間たちには、「それ」を持つことすら許されなかった。
新次は、「それ」と対面し、自分とまったく同じ姿をしながらも、今の自分とは異なる内面を持ち、また純粋で知的な「それ」に関心を持ちのめりこんでいく……。

公式サイトより

命の価値とは?幸せとは?

新次が初めて「それ」と対面したシーンが印象的でした。
「それ」は、とても無邪気で幸せそう。

てっきり自分の運命を知らないでいるのだと思っていたら、なんと彼はすべてを知っています。

「それ」は言います。
「与えられた運命を受け入れると、命の価値が生まれます」と。

新次も「それ」に言います。
「君は僕より価値ある人間だ」と。

人の価値ってなんでしょう?
地位や権力ではない、心の豊かさのことでしょうか?

地位や財産を持ち、外の世界を知っていても心が自由でない新次。
施設から出られなくても季節の移ろいを感じ、心が自由な「それ」。
2人の対比が、残酷でした。

作中には新次以外の「それ」も出てきますが、みんなもれなく純粋そうで、幸せそう。
それはなぜかというと、おそらく元となった人間の「幸せな記憶」だけを見て学習しているから。

人生、酸いも甘いも……と言いますが、もしかしたら「甘い」だけの方が心は自由で幸せなのかもしれない……というようなことを考えさせられます。

新次は生きるのも死ぬのも恐れている

この映画でもっとも印象に残ったセリフがこちら。

「君の本棚を見てみたい」。

初めて対面したとき、新次が「それ」に言った言葉です。
衝撃を受けました。
医療の道具ではなく、自分のクローンでもなく、一人の人間として相手を尊敬していることがわかったから。

わたしが新次の立場だったら、こんなセリフ出てくるだろうか?
というかそもそも「それ」に会いたいと思うだろうか?

新次は、生きることに対しての執着があまりなかったのかもしれません。
彼の思いだす記憶は、辛いものばかりで、そんな人生に嫌気がさしていたのかも。

新次はこうも言いました。
「君は過去に見覚えのある、僕の失った顔だ」。

「それ」に会って、こうなれるかもしれなかった、「幸せに生きる自分」を垣間見た。だから、自分よりも「それ」に生きてほしいと願ったのではないでしょうか。

だけどやっぱり新次に言いたい

はっきり描かれてはいないけれど、おそらく新次は手術を拒否して亡くなったようです。
きっと、自分よりも「それ」の方が生きる価値がある、と思ったんでしょう。

でも、それはちょっと違うんじゃないかい?とわたしは新次に言いたい。

少なくとも、娘(と妻も?)にとっては「それ」ではなく「新次」が生きていることに意味があったのではないでしょうか。

死に直面して、新次が思い出すのは他人から押し付けられた「不幸」な記憶ばっかり。
でも、本当にそれだけの人生だったのか?
娘が生まれたとき、幸せを感じなかったのか?
少なくとも娘はあなたを愛してくれていたんじゃないのか?
勝手なことしてんじゃないよ!と、言いたい。

ここでも、ネガティブな記憶しか思い出せない新次と、幸せな記憶だけを学習している「それ」との対比が辛いです。

「生きる意味」を考えずにはいられない作品

映像も音楽も紡がれるセリフもとても美しいのに、描かれる内容はどこまでも残酷。その間にある「余白」が、わたしたちを思考の渦に引き摺り込みます。

冒頭で書いた『わたしを離さないで』とは違い、「それ」の提供を受ける側の視点から描かれていることで、より「生きる意味」を考えさせられる内容になっていました。

生きるとは、他の命を犠牲にするということ。

自分に、その価値があるのか?
生きる意味とは?
幸せとは一体なんなのか?

永遠に答えの出ない問いを、目の前にそっと差し出されたような気がします。


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