【Whiskey Lovers】バランタイン(Ballantine's)17年、30年編
世の中には、一言で終われない事だって存在する。丁寧な無駄にこそ遊び心を込めたい。
テーブルの上に並ぶその二本は、存在感を隠せずに置かれていた。私は遠目にそれを確認しながら、早くも車で来たことを後悔していた。
このお店の30代の青年ちひろは、その目に私を認めると今日の意味を集まった私達に説き始めた。
「ブレンデッドウイスキーを皆で飲むことに意味があると思います」
そう語るちひろを見て、自分の言葉に意味付けする男を私は嫌いではないなと思った。男のテクニックとして少し、メモした。
テーブルにあるバランタインを見ながら、タイミングを待ちゆっくりと語ろうとしていた。
そもそもウイスキーとは、主に二条大麦を発芽させた麦芽、いわゆるモルトやトウモロコシなどビールと同じ穀物を原料としている。造られ方でその酒類が分けられるのである。
蒸留酒がウイスキー、他に焼酎、ブランデー。
醸造酒がビール、他に日本酒、ワインなどになる。
ウイスキーが他のお酒と違うのは熟成させるという点である。他のお酒より圧倒的に時間の経過を必要とすることにある。
つまり、今現在造られているウイスキーは、生産者達が飲めずに次世代に託すという可能性もある。
今、私達が飲もうとしているのも過去から託されているものだ。そう思うと集って飲むことに、その時間の価値を見出だすのも必然である。
その中でも、ちひろが語るブレンデッドウイスキーとは、モルト(麦芽)だけでつくられたウイスキー「モルトウイスキー」とトウモロコシや小麦などの他の穀類で造られた「グレーンウイスキー」を樽から出し原酒を混ぜ合わせて造り出すもので、その作業がブレンディングと呼ばれる。
ブレンディングは、原酒の香りを嗅ぎ分け、その出来から最適な解答を導くブレンダーにより生み出される。それは、例えばモルトウイスキーなら、そのウイスキーの個性を決めるものでありスモーキー、モルティ、フルーティ、スパイシー、ウッディといった原酒ごとの特徴を把握してその使用比率を決めていく。
混ぜ合わせるグレーンウイスキーは味を下支えするものとして考えられ、しばしば建築物と土台、味噌汁の具と出汁、絵の具とキャンバスなどに例えられる。
だから、ブレンデッドウイスキーは、人の手でしか表現出来ない飲み物なのである。
ちひろが、ウイスキーを通して街を楽しくしたいという提案とその姿勢に、自然に集まった私達は、30代、40代、50代とそれぞれ違う時間を生きてきた、そこにウイスキーを通して一つの共通した時間を過ごしながら、その楽しさを発信していくことで集まった原酒になるわけである。たぶん。
テーブルに置かれたバランタインの2本は、私の目から見ても高価なものに見えた。
「自分だけで味わうということは、僕からしたら面白くありません。こういう時に皆で味わうのが良いと思っています」
ちひろが話す姿を見ていた私は、若干の嫉妬を否定せずに、問いかけるようにタメて語る男になりたいと少しメモした。そして、そんな自分が少し好きだと思えた。
ちひろは躊躇うこともせず、バランタインの封を開けた。
「ブレンデッドウイスキーは、やっぱり飲みやすいんです。数十種類もの原酒をブレンドしているので、偶然生まれたものではなく、間違いなく人の手により生み出されたものなのです」
ゆっくりとちひろは、そのブレンダーの手による作品のウイスキーに感謝しながら、バランタイン17年を口にした。
「複雑だけど豊かな香りの中に、フルーティーさや甘さを感じる。続く余韻の中にスモークさが出てきて長い時間を感じます」
と感情豊かに喋り、湧き起こる感動に沁み入っているようだった。
私は、ちひろの余韻の中にいながら、飲めない悔しさに打ちのめされそうで、にこやかに頷きながらも心で「長い時間てなんやねん。こっちの方が長い時間見てるだけやねん」と毒を吐くという大人の対応をさせられていた。
余韻の中にいながらちひろは、バランタイン30年に進む。スコッチの最高峰に位置するバランタイン30年は、その年月をかけ熟成させた旅の上に存在する。約32種類のモルト原酒と5種類のグレーン原酒がブレンドされている。
ちひろは、感動をその言葉にするのを吟味しながらもゆっくりと教えてくれた。
「アルコールの角が全く立たないです。ビックリです。どこまでも続く甘くて気品がある香りが、どこか紳士を思わせます」
それは、私が車で来たことをさらに後悔させるのに充分な時間だった。紳士が出てきた衝撃に紳士な私が飲めないという理由だけで怒ってはいけないと真摯に自分と向き合うには、充分な説得力を持っていた。
同席していた最年長のシュモンさんが、続いて魔法の時間に入っていた。
「好きだと相手に伝え、人の良いところを探す人間になりたい。こうして何か始めても、それを否定ではなく、迎えて動いているから今があり、その延長にお前達と出会って繋がっただけのこと。そしてまた、その気持ちが重なったからまた繋がっただけだと思う」
と、ウイスキーによる魔法の時間により50代は絶好調になっていた。
正面で、その話しの全てを聞き流しているポップを見ながら、そこに40代の社会性を見た。
それぞれがそれぞれに生きてきた時間が、こうして集まり同じ時間を生み出すのも、幸せなことだろう。
「Whiskey Lovers」と、この集まりを名付けることにした私達は、世代の異なる原酒により、関わる皆様からブレンディングしてもらい、熟成を重ねていきたい。
この日のバランタインは、少なくとも私達の基準のブレンデッドウイスキーになった。
好きと伝えられるまで、それを書くのが楽しみである。
なんのはなしですか
次の日、記事を作るのに皆にバランタインの味の感想を聞いた。
「過去は振り返らないタイプなので憶えてません」
とポップは、言ってきた。
シュモンさんは、感想どころか、目の前に刺しっぱなしの充電器の行方をいつまでも探していた。
ちひろに至っては、「次のウイスキーですけど」
と先しか見ていないかった。
結局、私が一番マトモなのである。
参考文献
この街が楽しくなるのにやらない理由がない。
ぜひ、ご一緒しませんか。
著 コニシ 木ノ子
監修 ちひろ
神奈川県伊勢原市沼目3-1-45
C'est la vie.(セラヴィ)
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