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嫁ぎ先の問題 #かくつなぐめぐる

「書くこと」を通じて出会った仲間たちがエッセイでバトンをつなぐマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。10月のキーワードは「宇宙人」「憂鬱」です。最初と最後の段落にそれぞれの言葉を入れ、11人の"走者"たちが順次記事を公開します。

テレビで見たことを、なんでもそのまま信じる子どもだった。
「UFO特番」を見れば「宇宙人はいる」と思い、「心霊番組」を見れば「霊はいる」と思い、「川口浩探検隊」が進む先には、必ず「未知の生物がいる」と思い込んでいた。
それだけなら、まあよくいる普通の小学生だと思うのだが、彼らと私には決定的に違うところがあった。
フィクションとノンフィクションの区別がついていなかったのだ。
だから、ウルトラマンも仮面ライダーも、インドの山奥で修行したレインボーマンも、実写番組ならなんでもその存在を信じていたのである。

ある年の七夕の夜。
子供会で夜のイベントが開かれ、めいめいの願い事を書いた短冊を、大きな竹の枝に吊るすことになった。
私の願い事は「M78星雲にお嫁に行けますように」。

M78星雲は、ウルトラマンファミリーの故郷である。
何事にも控えめな私は、地球でヒーローとして有名になってしまったウルトラマンの嫁になることは、あまりにライバルが多くて不可能であろうから、その親戚の「まだ地球で知られていないマン」で手を打とうと考えたのである。
控えめというより、打算的だ。

友達が結んだ短冊を順に読んでいると、後ろから
「ばかじゃねーの、これ?」
と口々に言う男子たちの声が聞こえた。
悪い予感はよく当たる。
それは、私の短冊に向けられた言葉だった。

「M78星雲なんて、本当にあると思ってんのかよ」
「ウルトラマンなんて、いるわけないのにさ」
「あんなの信じてるのは、赤ちゃんだけだよな」

全部聞こえている。
私は、恥ずかしさよりも、「ウルトラマンはいないのだ」という事実に衝撃を受け、泣きながら一人で帰ってきてしまった。

家では、父がナイター中継を見ながら、晩酌をしていた。
目を赤くして駆け戻ってきた娘の話を一通り聴くと、父は私の頭に手を置いて言った。

「パパは、そんなに遠くにお嫁に行って欲しくないなぁ」

なんの話だろう?と顔を上げると、父は真面目な顔で続けた。

「M78星雲がどこにあるのか知らないけど、たぶん、月よりも、太陽よりも遠くだよねえ。うちのママは、九州からパパのところにお嫁に来て、近くに頼れる身内もいなくて、すごく苦労したじゃん?」

うん、それは知ってる。
父が、病気で何ヶ月か入院していた時、私は、父方の親戚の家に預けられていたのだが、新婚家庭のお邪魔虫のような扱いで、だいたいいつも一人で卵かけご飯を食べて記憶がある。
母は、まだ赤ちゃんだった弟を背負い、父の看護のため病院に寝泊まりしていたが、たまに会うと
「こっちの人は情がない」
と、よく泣いていた。

「M78星雲であゆみちゃんが、知らない宇宙人ばかりに囲まれて、苦労しているのかもしれない、って心配するのは嫌だなあ」

なるほど、父は結婚相手となる、ウルトラ一族の誰かの「性格」や「収入」よりも、地球を飛び出し遥か遠方へ嫁ごうとする私の孤独を案じていたのであった。

「じゃあさ、仮面ライダーならいい?ライダーはたぶん、日本の人だよ?M78星雲よりずっと近いよ」
「そうだなあ。でも、ライダーもいつも戦ってるしなあ。明日、死んじゃうかもしれない人のところへ、お嫁にやるのは心配だな。悲しいめにあってほしくない」

酔いのせいもあったのだろう。
7歳の私が嫁ぐ未来を想像したのか、父の目がうるんでいる。
その顔を見ているうちに、だんだんと私の一存だけで、ヒーローと結婚したいと思うことが、申し訳ない気持ちになってきた。

「パパは、私に普通の人と結婚してほしいの?」
「うん。普通の人がいい」
「そっか。じゃあ、仮面ライダーもやめとく。普通の人と結婚するね」

父はついに、ウルトラマンや仮面ライダーの存在を否定することなく、私に翻意させることに成功したのだった。

今思えば、「普通の人」だって、ウルトラマンや仮面ライダー並みに、探すのが難しい存在だ。
万人が認める「普通の人」なんて、いるはずもない。

簡単に約束してしまったけれど、私の選んだ夫は、父の望む「普通の人」だったのだろうか。
5年前に他界した父の目に、夫はどう映っていたのだろう。

夫は、口は悪いし、酒乱だし、私を憂鬱にさせるタネをたくさん抱えている。
けれど、今のところ、悪と戦う様子もないし、私を残して明日死ぬ心配もない健康体だ。
何より、愛情表現はひねくれていても、私のことが大好きらしい。
夫は「普通の人」ではないかもしれないが、私は普通に幸せだと思う。
父の願いは、こういうことだったのだろう。
どこかにあるM78星雲を夜空に探しながら、あそこに嫁がなくてよかった、と思うのだった。

バトンズの学校1期生メンバーによるマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。
今回の走者は、はんだあゆみでした。
次回の走者は、市川茜さん。更新日は10月4日(火)です。
お楽しみに!


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はんだあゆみ
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。 サポートは、お年玉みたいなものだと思ってますので、甘やかさず、年一くらいにしておいてください。精進します。

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