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【半神:萩尾望都】 「憎んだ」のではなく「憎むように仕向けられた」のに、そのうえ罪悪感まで背負わされちゃたまらないよねえ

【ネタバレを含みますので、できれば作品を最後まで読んでから、このnoteをお読みください】

萩尾望都の「半神」は、大学生の頃に初めて読んだ。
その時感じた衝撃を思い出し、感想を改めて書こうとしてみたのだが、今の私は全く違う視点でこの作品を読み、衝撃よりも怒りを感じている。
これもまた、自分を知る手掛かりになるかと思うので、書き残す。

物語は、奇妙な視点から、特異な経験が描かれる。

半神 p2

主人公は一卵性の結合双生児の姉だ。
上のコマでは向かって右が姉のユージー、左が妹のユーシー。
一卵性双生児なので似ているはずなのに、外見に明らかな違いがある。
姉は醜く、妹は美しい。
二人は腰のあたりで体がつながっており、作中に詳しく書かれてはいないが臓器を一部共有しているのだろう。

医師の説明では、主人公ユージーの体には、栄養が回っていないらしい。
そのため、髪もまばらにしか生えず、肉付きが悪く、皮膚もカサカサだ。
それだけではなく、ユージーは高い知性を持ち勉強が好きなのだが、妹ユーシーには知的な障害があり言語を理解する風でもない。

半神 p3

ユージー本人も自覚している容姿の差について、周囲は遠慮なく指摘をする。
おそらく、結合双生児という先天性の障害を持つ二人を、自分たちと同じ人格を持つ人間だと認めていないが故に、平気で人権を侵害しているのだろう。
バラの花と常に比較される、塩漬けキュウリの気持ちをおもんばかることをしない。

自分の努力でコントロールできないことで、このような差別を受けるのだから、そりゃあ鬱屈もするだろう。
妹を妬ましく思い、好きになれない理由としては十分すぎるほど十分だ。

半神 p4

そのうえユージーの体は骨と皮ばかりなのに、常に重い妹を抱えて移動しなくてはならない。
妹のふくよかな体は見掛け倒しで、立ち歩く機能が未発達、それゆえユージーが歩行を助けなくてはならないのだ。

ユージーは、頭脳明晰で言われたことをそつなくこなせてしまうため、常に離れることのできない妹の世話係を、親から無意識に押し付けられている。
本来なら、親がケアするべきところを、きょうだい児に任せて放置している状況だと言えばわかりやすいだろうか。

親には、おそらく自分たちのケアが足りない自覚もない。
ユーシーとユージーという別個の名前を姉妹に与えながら、「二人で一人だ」と都合よくみなしているから。
一人なら、自分のことは自分でするのが当たり前だ、とでも思っているのだろう。

半神 p6

ユージーは、これだけ妹のために日々頑張っていても、褒められたり労われるどころか「優しさが足りない」と言われてしまう。
勉強の好きなユージーは本が読みたいのに、赤ん坊のようなユーシーに常に邪魔され、自分を楽しませるための時間や環境が、圧倒的に不足しているのだ。
自分のことは後回しにせよ、妹に尽くせ。なぜなら妹はかわいそうな天使なのだから」
ユージーが親から受け取るメッセージは、要約すればこれだ。

この状態で、妹をかわいいと思えるわけがない。
だんだんとユージーは、ユーシーの死を願うようになる。
「この子さえいなければ、私は自由になれるのに」と。

ところがその願いが叶う時が来てしまう。
13歳になったある日、ユージーはがりがりにやせ細り、歩くことすらできなくなった。
二人分の栄養を一人の体で作ることの限界がきてしまったのだ。

半神 p9

医師は、これまで切り離せないと思っていた妹を、切り離すことが可能である、それどころか、そうしければ、ユージーも死ぬのだと説明し、選択を迫る。
ユージーには、嫌がる理由がない。
13年間自分の時間も栄養も、むしり取られるばかりの生活をしてきたため、妹はすでに憎悪の対象である。
おまけに彼女には自分と違って知性もないのだから、死んだことにも気づくわけがない、と決断するのだ。
そうして、ユージーは分離手術を受ける。

半神  p10

これ以降のあらすじを、Wikipediaより転載する。

手術後、一人だけの身体になり体力も戻ったユージーは妹に面会する。病室のベッドに横たわったユーシーの姿にかつての美しさは見る影もなく、醜く痩せこけ、まるでこれまでの自分自身のように見えた。妹の身体は自分で栄養を作り出すことができないため、程なく命を終えようとしていたのだ。
そして年月が過ぎ、ユージーは16歳の健康で美しい少女に成長した。前向きでエネルギッシュな彼女は、自分の手で多くの幸せを形にしていた。しかしそんな満たされた毎日の中で、ふとしたとき鏡の中の自分にかつて嫌っていた妹の姿を見つける。あのとき死んでいったのは自分の方だったのか。ユージーは妹への憎しみと愛をかみしめ、失った半身の大きさに涙を流す。

「半神」Wikipediaより

ここからは、たらればの話になるのだが。
もしも、妹ユーシーが、ユージーと同程度の知性を有していたらどうだったろうか?
周囲から容姿で比較されることがあっても、ユーシーはユージーに代わっていやな大人に反論し、かばってくれたかもしれない。
相変わらず自力での移動ができない体で姉に頼るしかない生活だったとしても、ユーシーは「してもらって当たり前」とは思わず、感謝やねぎらいの気持ちを姉に伝えたかもしれない。
ユージーと同じように勉強が好きで、同じ本を読みそれについて話し合えたなら、二人は最高の理解者になれていたかもしれないのだ。

もしそれが実現していたら、分離手術後の死別は一層つらい出来事になっただろうが、お互い話し合って運命を受け入れるための時間が持てた可能性だってある。
それができたなら、ユージーが「憎悪」や「罪悪感」といった、自分を傷つける感情のために今も苦しむ必要はなかったはずだ。

生き残った自分を心から祝福できず、妹への暗い感情を引きずって泣くのは、妹に向けた負の感情が自分に跳ね返っているからだろう。
発端が、妹の知的な障害にあったとしても、親をはじめとする周囲の大人たちの対応が、ユージーに妹を憎ませるように働いたのは間違いない。
大人が姉妹を分断し、差別し、ケアを押し付けたせいで、ユージーは、自分の半身を憎み「死ねばいい」と思わされたのだ。

もう一つ。
医師の対応もとても不満だ。
姉妹の体が、いずれ共倒れになることはもっと早いうちからわかっていたはずなのに、なぜガタが来るまで待ったのだろう。
物心つく前に分離手術を決行することだってできたはずなのに。
そうすれば、少なくともユージーは小さなころから幸福を享受できたはずだ。
それに、妹の命を奪うことになる選択を、ユージーだけに突き付けたのは正しいことだったのか、というのも疑問だ。
2人の運命に関わることを、ユージー1人に決めさせるのは、ユーシーをあまりに軽視している。
聞くなら2人に、聞かないならどちらにも聞かない。
そして、(仕方ないとはいえ結果的に)人を殺した罪悪感は、大人が背負うべきことだろう。
たった13歳の姉妹の姉が1人でひっそり背負うようなことではない。

この名作少女漫画をそんな風に読んでは、せっかくのストーリーが台無しだと我ながら思う。
しかし、大人になった私は、もうユージーの視点だけで物語を読めない。
作中の大人に対してとにかく腹立たしい気持ちがわいてくることだけは、確かなのだ。

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はんだあゆみ
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。 サポートは、お年玉みたいなものだと思ってますので、甘やかさず、年一くらいにしておいてください。精進します。