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「もういいです!」 ふてくされる部下は変わるのか?

「もういいです!」

その言葉が静まり返った会議室に響いた瞬間、私は心の中で舌打ちした。新プロジェクトのブレスト会議―― メンバー全員がアイデアを出し合い、形にしていく重要な場面だった。しかし、問題の発言者―― 私の部下である27歳の大原亮太が、唐突に投げ出すような態度を取ったことで、場の空気が一気に凍りついた。

私が指摘したのは、彼の提案が具体性に欠ける点だった。しかし、彼にとってそれは単なるアドバイスではなく、自分の存在そのものが否定されたように感じたのかもしれない。

「大原君、それがどういう意味か、君はわかって言っているのか?」

私は静かに問いかけた。だが、大原は目を逸らし、小さな声で呟いた。

「……何を言っても、結局ダメ出しされるだけじゃないですか」

「おい、待てよ!」

椅子から立ち上がりかけた同期の佐藤が声を荒げたが、私は片手を上げて制した。この場をこれ以上荒立てたくなかった。

「わかった。これ以上は無理に続けるつもりはない。だが、このまま君がここを出るなら、プロジェクトチームから外れてもらう」

全員が息を呑んだ。その瞬間、大原が私を睨みつけた。

昼休み、私はデスクでカップ麺のふたを剥がしながら考え込んでいた。大原はやる気がないわけではない。むしろ積極的で、発想力も斬新だ。だが、課題を指摘されるとふてくされ、それ以上の議論が進まないのだ。

「なぜ、あんなに扱いづらいんだ……」

頭をよぎったのは、彼が大学時代から「優等生」として評価されてきた話だった。指摘されることに慣れていない彼には、上司のアドバイスさえも自分への攻撃と感じられるのだろう。

翌朝、私は大原を個別に呼び出した。会議室に入ってきた彼は、まだどこか不満げな表情をしている。

「座れ、大原君。話がある」

「また説教ですか?」

挑戦的な態度に、私はわずかに笑った。「いいや、違う。今日は俺が先に話すだけだ。その代わり、最後に必ず質問をしてもらう。それが条件だ」

大原は戸惑った表情を浮かべたが、無言で頷いた。私は彼の提案について話し始めた。

「君のアイデアは面白い。ターゲットを絞った視点は他にはないものだ。ただ、もう少し具体的な根拠があれば、説得力が飛躍的に上がるんだ。」

私はポジティブな評価を7割、改善点を3割に抑えて話した。そして、最後に問いかけた。

「さて、大原君。どうだ?質問は?」

彼はしばらく考え込んだあと、少し恥ずかしそうに答えた。

「……具体的な根拠って、どんなものを用意すればいいんですか?」

数日後、大原が新しい資料を持って私を訪ねてきた。手には綿密に調べ上げた市場データと競合分析が盛り込まれた資料があった。

「少し見てもらえますか?」

その声には、これまでの彼にはなかった冷静さと自信が滲んでいた。私は資料をめくりながら素直に感心した。

「よくここまでまとめたな、大原」

彼は小さく頷き、真っ直ぐに私を見た。

「森野さんのアドバイスがなかったら、ここまでできませんでした」

最終プレゼン当日、大原は堂々と提案を披露した。クライアントからの厳しい質問にも冷静に答え、見事にプロジェクトは成功を収めた。

打ち上げの席で、大原がぽつりと言った。

「森野さん、あの時質問しろって言われなかったら、きっと投げ出してました」

私はビールを一口飲みながら答えた。

「君が本気を出せば、これくらいできると信じてたよ」

後日、大原が若手社員にアドバイスをしている姿を見かけた。

「俺が話すから、その後で最低一つは質問しろよ。それが成功のコツだ」

その一言に、私は思わず笑ってしまった。

「成長するのは大原だけじゃないな」

私はそう呟きながら、歩き出した。

私のテーマは「人生の試練が教えてくれたリアルなストーリ」を1日1話発信。ビジネスや人生に役立つヒントや気づきをお届けします。迷いや悩みが生まれた時は、一緒に地図を広げ、進むべき道を探していきましょう!
@morizo_23

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