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10月17日(木) 10日目 禅師峰寺、雪蹊寺、種間寺
5時起床。昨日はSOさんと飲んだけれど遅くはならなかったし、水を補給しながらの酒だったので二日酔いはほとんどない。今日は調子よく札所を回れそうだ。そう思い、朝一番でサウナに入ろうと思ったら、なんとここのカプセルホテル&サウナ、朝のサウナは8時から10時までらしく、サウナに入るならそれまで待たなければならないという。それならサウナはやめて今すぐ出立しようかとも考えたが、荷物をフロントに預けており、これも受け取れるのが8時からになる。ということはいずれにせよ8時まで待たなければならない。
今回高知の旅は何一つ不満はないのだが、一点この新しくできたらしいカプセルサウナを選んだことだけは後悔している。それくらいこのサウナには不満だらけだし腹が立っている。
まず値段がアホみたいに高い。カプセルホテル&サウナなのに一泊5000円以上する。普段自分が使っていた高松のカプセルサウナなんて3400円とかで泊まれてしまう。とはいえ新しい施設だし昨今の物価高、値段の面は仕方ないと納得の上で宿泊予約をしたのだが、「タオル代を別途いただきます」とフロントで抜け抜けと言われたときはさすがに「はあ???」と口に出してしまった。サウナと言ったら通常タオルやバスタオル、館内着込みの料金だろう。こういうこすズルいコストカット策が一番腹が立つ。それなら最初からタオル代込みでいくらです、タオル不要の方は値段をいくら引きますと案内すればいい。やり方がセコすぎる。許せない。さらにチェックアウト時には敷布団カバー、掛け布団カバー、枕カバーを自分で外して、所定の位置まで持ってくるようにと指示される。要するにここも勝手にコストカット、そしでカットしたツケを利用者、ユーザーに押し付けて平気というツラの皮の厚さが許せない。こういうことをしていいのはそもそも料金そのものが安いパターンだけだろう。「安くするけど協力してね」ならわかる。けれどもこのカプセルサウナは「高くするしウチら儲けるけどコストは支払いたくないんでそっちでやって」と言っているも同然である。許せない。
許せないことはさらに続く。カプセルホテル利用客がサウナを利用するときには、まず4階のカプセルに行き、そこから【階段で】2階のサウナまで行ってくれとのこと。わざわざカネ払って一泊までしてくれる客にエレベーターは使わせず、階段の昇り降りさせるんかい……と絶句した。カプセルホテルなんて建物一つで(性欲以外の)殿方のすべての欲求を充足してナンボだろう。それが逆に、宿泊という他の客よりも多く課金した客に「毎回狭い階段を2階分昇り降りしてね」と要求してるわけだ。ナメてんのか。
宿泊施設としても非常に使い勝手が悪い。エアコンはあってもカプセル、と言いつつ、安い木材で適当に組まれた小部屋のようなものだが、ここに空気が行き渡らないので、寝ていて暑くて仕方ない。館内に自動販売機一つないから、あらかじめ外に行ってすべて必要なものを買っておくか、毎回何かが必要になるたび建物の外に出なければならない。宿泊施設なのに洗濯機もコインランドリーもないのも、自分のような長旅のユーザーからしたらめちゃくちゃ不便だ。
と、ここまでふざけていてもサウナ自体が気持ちいい、文句のつけどころがないなら「まあいいか」となるが、サウナ自体も本当に最悪だった。昨日も書いたが、まず湯船がない。水風呂とシャワー、サウナ部屋しかない。ハッキリ言う。サウナが最高だと思ってるのは、サウナという流行りに乗せられた物の道理のわからぬ趣味の悪いバカだけだ。サウナ以上に身体の疲れを取箱に適している温水浴があってこそはじめてサウナが生きるのであって、サウナだけあればいいものではない。ためっぱなしで水の入れ替えのない水風呂も腹が立つ。澱んだ水風呂になんぞ入りたくない。ご存知ない方はご存知ないと思うが、いくら施設側が文句を言っても、多くのサウナユーザは、シャワーや掛け湯で体の汗を流さずに水風呂に入ったり、頭までぜんぶ水風呂につかったりする。要するに水風呂の水は汚れるのである。それなのにその水を延々溜めっぱなしとは。気持ちが悪くて仕方ない。
これまた昨日の記録にも書いたが、水風呂からあがったあとくつろぐためのチェアが置いてあるスペースは床全面に、安っぽい、ホームセンターで買った人工芝が引いてある。これがまた水捌けが悪いので、足で踏むとグチョグチョするし衛生面も不安になる。壁には「水分補給しましょう」などと書いてあるが、ウォーターサーバすら置いてない。ここでもコストカットである。補給する水分についてはフロントから何の説明もないわけで、荷物を置き、服を脱ぎ!いざ裸になってサウナに入り、水分補給しようと思ったら、ウォーターサーバがないので水すら飲めず、それどころか自販機すらないので飲み物すら買えないのだ。これ作ったやつ出てこい。サウナ、ナメすぎだろう。
こちらはお遍路だ。毎日、寺を見ている。寺には長い歴史がある。時間の経過とともにそれでも色褪せないもの、逆に時の試練を超えてその魅力が増すものから寺はできている。悠久の時間が経過しても、その輝きを失わないどころか輝きを増すものをこちらは毎日見ているのである。それなのに宿に帰れば、コスパのことしか考えていない、安普請の木材の「カプセル」に、メンテナンスを一切考慮していない人工芝の床サウナ。今の「コスパ」しか見ない貧しい日本の縮図を見せられることになる。「コスパ」なんて言葉は、要するに「非常に短期的なパフォーマンスしか考えない、考えられない」人間が自分と同じ人間を欺くための言葉でしかない。
文句を言っても仕方がない。とにかく今日は高知市内、近辺の残りの寺を回るつもりだ。まずは三十二番札所禅師峰寺(ぜんじぶじ)。もうお遍路にも慣れたものである。寺の麓まで行くと自転車は乗り捨て。あとは徒歩で山を登る。結局こちらの方が疲労感が少なく、多くの寺を回れるからだ。この禅師峰寺も本当に素晴らしい寺だ。と、境内を見回すと、例の全身に刺青をした白人の女性がいる。この方とはもう何遍もお会いしている。向こうは徒歩、こちらは自転車。それなのにあちこちの札所で「会う」。ということはどういうことかというと、森は相当のんびりと札所を回っているということだ。やばい。少し焦りはじめた。
山の麓で自転車を置いてきてしまっているので、歩いて坂道を降りた後、自転車で移動。途中ドライブイン西村というお店で昼食を済ませ、今度は浦戸大橋を自転車で渡る。この橋、自転車や歩行者のためのスペースは幅が大変狭く、隣をトラックや大きな車が轟々と音を立てて通っていくのも怖ければ、下は海、山や公園も小さく見えるこの橋の高さも怖くて仕方ない。ビビりながら自転車を押しているとタイヤが時々引っかかる。観察してみるとどうやらサイドバッグなどを載せるリアの荷台が長旅のせいでだんだん下がってきてしまい、それが後輪のタイヤと擦れてしまっているようだ。ここに来て自転車のトラブルも出てくるし、旅もあまり進んでないという焦りも出てくるし、気持ちが不安になってきた。
ようやく浦戸大橋を渡ると今度は桂浜が見えてきた。美しい海岸線沿いを自転車で走る爽快感は筆舌に尽くしがたい……のだが、さっきからあまり調子がよくない。体が重たい。旅に急と不安を感じてきたこともあるのだが、どうやらこれは昨日の酒のせいらしい。二日酔いになるほど飲んだわけではないのだけれど、それでも酒はこの歳になって飲むと翌日に響く。お金を払って、その時は楽しいが、翌日は必ず不調になる。お酒、マジでただの毒物である。
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街中を移動し少しして三十三番札所雪蹊寺に到着。境内を見るとさっきの禅師峰寺でも見た刺青の白人女性にここでもまた会う。向こうはバスなどの公共交通機関を使っているのかもしれない。けれども歩きの遍路と自転車の自分とで歩きのほうが先に到着しているわけで、この敬虔なお遍路さんに比べて自分はなんていい加減に信心をしているのだろうと、本来は比べるべきことではないのかもしれないが、なんだか恥ずかしくなった。お遍路をしているとよくわかる。大事なのはスピードではない。ただ淡々と一つのことを続けること。一つずつ、しっかりとマイルストーンを攻略していくこと。それを繰り返すこと。そうすると最初はあまりにも大きく遠いと思っていたゴールにも気づいた時には必ず到着しているのだと。
気を新たにして自転車で少し進み、三十四番種間寺へ。こちらも山間の村落に埋め込まれたような場所にある、非常に素晴らしいお寺だった。参拝者は結構いたのだが、なぜか全員男性だった。たまたまなのか、お寺の傾向なのか。寺ごとに個性や魅力が全然違うので、飾られてる仏像や本堂、大師堂の配置、寺の縁起などとともに参拝者のマーケティングも気になってしまう。遍路客が多い(ほとんどの)寺もあれば、地元からの参拝者が熱心にお祈りしている寺もある。この種間寺はどちらかよくわからないが、たまたま自分が行った時には真剣な表情をした男性ばかりだったので気になった。
次の寺へ……と思ったが、お酒のせいか体がだるい。それにここ二日間、サウナにしか入れておれず湯船につかれなかったので汗でベトベトした体も気になる。サウナに洗濯機も乾燥機もなかったため洗濯もしなければならない。次の清滝寺は土佐市にあり、ここから少し離れている。もっとペースを早めたいが……今日はここで打ち止めにしよう。
調べると近くに温泉があったのでそこに行く。ゆっくり湯船につかる。サウナがブームになって久しいが、はっきり言って、サウナよりも温水浴である。自分もそれなりにサウナ好きだが、サウナで体を温めてから水風呂に入ることで「ととのう」というあの仕組み、別に必ずサウナでやらなければならないわけではなく、湯船と水風呂交互に入ってもだいたい同じような効果が得られる。以前自分がサウナに入りによく行っていたお気に入りの銭湯があったが、そのオーナーさんもまったく同じことを言っていた。サウナがどうしても人気だしサウナもいいけれど、日本の温水浴の素晴らしさことまずは味わってほしいとのこと。
その後、温泉の少し先にあったコインランドリーで洗濯をする。洗濯に30分、乾燥に20分。結局、1時間近く洗濯にかかっていることになるわけで、これさえなければ次の寺くらいまでは行けたのではないかと思う。仏教では貪瞋痴(とんじんち)と言って、貪り、怒り、無知を「三毒」と称して戒めているのだが、いまだに昨日泊まったカプセルホテル&サウナが許せない。
次の寺までは時間が足りない。けれども、今は少しでも前に進んでおきたい。昨晩までは高知で酒を飲んだり宿に泊まったり贅沢をしたのでその反動。今晩はどこかの遍路小屋で宿泊か野宿かと考える。以前、クリスから教えてもらったHenro Helperというアプリが非常に便利で、自分がほしい情報、たとえば「イートインスペースありのコンビニ」とか「温泉」とか「無料キャンプ場」とかだけ選んでマップに表示させることができる。これを使いにトイレもある遍路休憩所」を表示させてみたところ、少し進んだところに休憩所があるようなので、今晩はそこで寝泊まりできないか検討してみよう。
しばらく行くと仁淀川沿いにアプリが教えてくれた通り「休憩所」が見えてきた。電気も通っているし、トイレもある。遠目には非常にリッチな遍路休憩所のようである。中に入ってみると、横たわれるような長いソファ型の椅子がいくつかあり、中央にはテーブルもある。非常に使いやすそう、くつろぎやすそうな休憩所である。が、とにかく流れている空気が重たい。自分は霊感などはほとんど持ち合わせていないが、そんな自分にすら独自のオーラや波動のようなものが部屋に充満しているのがわかる。まわりをみわたすとあちこちに「おみろくさま」「おみろくさま」と書いてある。目を他の方向に向けるとおそらくは神社だろうか。神様をまつってあり、その前で黙って水をペットボトルに汲むご年配の女性を見つけた。さっきからこちらは部屋に入ってきており、うろちょろしている。気配に気づいてもいいはずなのだが、まったくこちらを振り向かない。これでは意図せずして無断侵入している感じになってしまっているので、勇気を出して「ごめんください」と少し大きめな、はっきりした声をかける。「ごめんください。お遍路をしているものなのですが、こちらに一泊、泊めていただくことは可能でしょうか」。最大限聞こえやすく、わかりやすく、ゆっくり、はっきりと話したつもりである。が、それを聞いてその女性は腰を曲げたまま、顔だけちらとこちらを見たかと思うとそのまましばし無言。しばらくすると「あ………」とだけ声を発した。それでもこちらもしばらく次のアクション、発言を待っていたが、女性はまたペットボトルに水をくみはじめた。もうわけがわからないし、いたたまれなくなってきたので、一夜の許可を願うお遍路さんという「設定」は捨てて、この素晴らしい場所にお参りにきた参拝者の設定であたりを見回しすことにした。あちらこちらに「おみろくさま」への感謝の言葉が並べられている。「おみろくさまのおかげでガンの手術を終えて今も健康に生きられている」「おみろくさまのおかげで退院して今も歩いて生活できている」といった言葉たちである。
建物の外にまわるとこちらの社の縁起というか経緯が書かれている。簡単に記すと、ある時川に流れ着いた社を拾った人が自宅の倉庫で大切に保管し祭っていたのだが、それ以来その家族=国則家に多数の「いびら」が出た、その後お告げで「仁淀川の近くに祭ってほしい」と言われたので以来国則家が代々個人として祭祀を行ってきたが、現在ではその社会的意義と性格に鑑み、氏子会で社を運営しているとのこと。「いびら」とは何かわからないが、確かにそのような、ガチの、ほんまもんの神的オーラを感じた。これも何かの縁である。お賽銭を入れ家族や友人、ネットのフォロワーで病気に苦しむ方などの快癒を祈り、「おみろくさま」を後にした。
しかし、そうなると泊まる場所がない。体力も残っていない。ヤケクソというか、もうどこでも何でもいいと、そのまま仁淀川の川沿いにテントを張ってさっさと寝ることにした。明日は三十五番清滝寺へ。そしてその後はいよいよ高知県南に足を踏み入れていくことになる。
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