ボサノヴァ 〜サウダージ
7月最後の週、この国の夏は悲しいかなそろそろ終盤だ。
来週からは仕事や学校も始まる。
我が家も長らく滞在したサマーハウスのある北極圏から南部の自宅まで、帰りは約1000kmもの道のりを途中の街で宿泊しながら車で何日もかけて戻って来た。
ほとんど国内縦断の旅だ。
青空と海岸線、北と南では様子が違う果てしなく続く森も、みんな車窓を流れて行った。
車の中ではずっとボサノヴァを聴いていた。
心地良いゆったりとしたリズムとメロウなボサノヴァのメロディーが、終わりゆく夏に溶けこんで、優しく切なく心に響いた。
「Agua De Beber おいしい水」
Astrud Gilberto
ボサノヴァは、子供の頃から親しんできた音楽だ。
父親が南米音楽とジャズが好きで、家でもよくレコードをかけていた。父との思い出はあまりないが、時々一緒にレコードを聴いていたので、音楽の影響は受けたかもしれない。
家庭という枠に収まりきれなかった父は、子供の頃からあまり家に居着かず、両親は数年の別居後に離婚した。家には父の置いていったレコードが何枚も残されていて、子供ながらに何十回とボサノヴァやジャズのレコードを一人で聴いた。
ボサノヴァの聖地、ブラジル。
会ったことも顔も知らないブラジルへ移住している大叔父から、子供の頃にパイナップルが送られてきたことがあった。缶詰じゃない丸ごとのパイナップルを見たのは初めてで、恐竜の甲羅のような外見に驚いた。その時にブラジルという国の名前が頭に記憶された。
子供の頃の断片的な思い出が、今もボザノヴァを聴くと甦ってくる。
私にとってボサノヴァは、まさにSAUDADE(サウダージ)だ。”SAUDADE”とはポルトガル語で、郷愁、切なさ、思慕、届かぬ思い、人恋しさなどを意味する。
SAUDADEを感じさせる、ボサノヴァ誕生の曲と言われるその名も「Chega De Saudade」は、ボサノヴァをそんなに知らないという人でも何となく聴いたことがあるという曲だと思う。
「Chega De Saudade 想いあふれて」
João Gilberto
私がとくに惹かれたシンガーは、Elis Reginaだ。
ボサノヴァ創生の父と言われるAntônio Carlos Jobim(通称Tom Jobim)との共演作「Elis & Tom」は言わずと知れた名盤だ。「Corcovado」は何人ものシンガーがカバーしているけれど、Elisの歌声には陰影があり魂を感じる。デュエットしているTom Jobimの声にも優しさが滲みでている。
「Águas De Março 三月の雨」
「Corcovado」
この国に住んでから太陽の光の大切さを知り、短かすぎる夏を惜しむという気持ちが生まれた。今は日本に住んでいた時の数十倍も夏が好きだ。
去りゆく夏を切なく思う今の気持ちに、ボサノヴァは優しく寄り添ってくれる音楽なのだ。