映画「市子」〜それでも生きる
ついに映画「市子」を観た。
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一緒に暮らす長谷川(若葉竜也さん)からプロポーズされた翌日、市子(杉咲花さん)は突然姿を消した。
長谷川の気持ちが嬉しくて、嬉しくて、思わず泣いてしまった彼女が、いったいなぜ?
川辺市子という女性は、存在しない
そう告げる刑事(宇野祥平さん)の言葉に、最初は事態が飲み込めなかった長谷川だが、市子を探す中で、全く知らなかった彼女のもう一つの顔が次第に浮き彫りになってゆく。
子供の頃から、自分を偽って生きるしかなかった市子。
そんな環境を市子に背負わせたのは、紛れもなく、男に依存し生きてきた母親(中村ゆりさん)なのだが、それでも市子は母を責めたりはしない。
ただ市子は、もういい加減どん詰まりの生活を終わりにして、自分の人生を生きたかっただけなのだろう。
肩の荷が降りたのか、市子に「ありがとうな」と言った母親も、もう限界ではあったのだろうけど。
ついに母親の居場所を突き止めた長谷川に、もう遅い、どうにもならなかった、時間ばっかりどんどん過ぎていった、などと言う母親を見ていると、「あなた母親でしょ!」と長谷川が思わず叫んでしまったように、やっぱり親として無責任過ぎる、と責めたくなってしまう。
無知、その場凌ぎ、母親が問題から目を逸らし続けてきた結果、市子が選べたはずの道も解決策も閉ざされてしまったのではなかろうか。
高校の同級生である北(森永悠希さん)は、市子を守りたい、守れるのは自分だけだ、と言うけれど、市子は誰かに守られたいわけじゃなく、自分の足で、ただ普通に生きてゆきたいだけだったのだと思う。
「最高や!ぜんぶ流れてしまえ!」
びしょ濡れの雨に打たれ叫ぶ、市子。
杉咲花ちゃんは、その小さな体に、市子の哀しみと、それを突き破ってゆくような、しぶとさも宿していた。
長谷川は、市子がはじめて心の底から好きになった人だった。
やっと掴んだささやかな幸せも、手放すしかなくなって、並んで撮った二人の写真を眺めながら、涙を拭う市子の表情に、キリキリと胸が締め付けられる。
長谷川との平穏なこれまでの日々を思い浮かべる市子と、ドラマ「アンメット」でのミヤビと三瓶の姿も重なってしまう。
あんな世界線で、これまで通り慎ましく暮らしている二人もいたかもしれないのに、過酷な運命は市子をどこまでも追かけて来て、離さない。
この人に関わった男は不幸になる、というような事を、母親は勤めていたバーのママにも言われていたが、母の愛人であるソーシャルワーカーの小泉(渡辺大知さん)もその一人になってしまった。
市子もまた母と同じ道を辿ってしまうのだろうか。
あんたの手に負える相手じゃない、と北にも言われたが、長谷川は市子を助けたい、会いたい一心だ。
しかし、彼がこのまま市子を探し続けるならば、行き着くところ、市子は自分の過去を全て知ってしまった長谷川にも、北にしたのと同じことをするしかなくなる日が来てしまうかもしれない。
だから市子は、もう二度と、長谷川に会うわけにはゆかないのだ。
愛するが故に、長谷川からも逃げ続けるしかない。
どこまで行っても、少し希望が見えたかと思うと、結局は生き地獄しか待っていない市子の人生を思ってしまう…
大変重いテーマを描いていると事前に分かっていたので、かなり覚悟を決めて観始めたせいか、最後までわりと冷静な気持ちで受け止められたと思っていた。
が、後からじわじわと侵食されるように、市子という存在が効いてきた。
何日か、市子のことが頭から離れなくなってしまった。
市子は、不思議と人を惹きつける磁力のようなものを持っている。
その抗えない魅力に捉えられた者たちは、彼女を忘れられなくなってしまうのだ。
わたしはここに居る!
そう、市子は心の中で叫んでいる
ラスト、蒸し暑い日差しの照り返す道を
鼻歌を歌いながら、ひとり歩いてゆく姿に
”それでも生きる”
市子の強い意思を感じた
市子は、何度も失い
何度でもまた、生きなおす