ドラマ「カルテット」〜みぞみぞする四重奏
契約している動画配信サービスで配信が始まったので、ドラマ「カルテット」を観た。
これまで何度か配信を逃していたので、6年ぶりくらいの再視聴。
なんといってもこの物語を一言で表すカルテット(四重奏)というタイトルが秀逸で、坂元裕二・脚本の中でも自分的にはベスト3に入る大好きな作品だ。
本作の魅力は、偶然の出会いから軽井沢の別荘で奇妙な共同生活を送りながら、ドーナツホールというグループを組むことになった四人の、人間模様という名のアンサンブルだ。
ミステリー仕立ての展開もあり、普通だったらクライマックスとなりそうなエピソードやネタバレを、早くも物語半ばで惜しみなく披露してしまうのに、その後も予想もつかない展開と伏線回収で視聴者を引きつけ飽きさせないところは、坂元裕二・脚本だけのことはある。
主題歌を椎名林檎さんが手がけ、主要キャスト4人が歌ったことも、当時たいへん話題になった。
4人のキャラクター設定も絶妙。
巻真紀を演じた松たか子さんが、とても良い。
品のある人妻でヴァイオリン奏者という役がピッタリだし、さらにお茶目でいたずらっ子みたいな一面もあり、時に鋭く切り込むことも真顔で言ってみたり、悲しみの中でも微笑み、逞しく温かい、真紀という役をとても魅力的に演じていた。
のちの坂元脚本で演じた大豆田とわ子を彷彿とさせる役柄でもあった。
別荘を所有する著名な音楽家ファミリーの中で、ただ一人平凡な人生を歩んでいる、第二ヴァイオリン担当の別府を演じた松田龍平さんは、他の3人を穏やかに包み込む父性のようなものも感じさせた。
すずめが初めて別荘に来た日、別府が作ったナポリタンを二人で食べようとした際に、白いブラウスが汚れちゃうからと、すずめちゃんに自分のエプロンを脱いでかけてくれる、別府のさりげない気遣いと優しさに、すずめだけでなく私までキュンとした(笑)
慎重で淡白な人なのかと思いきや、ずっと想い続けてきた真紀には、何度断られても真正面から告白するところなどは、心の内に熱いものを持っている人なんだなと感じた。
会社の先輩である九条(菊池亜希子さん)との切ないエピソードも、心に残っている。
満島ひかりさんが演じた、子供みたいに自由で破天荒で、何処でもすぐ眠っちゃう、チェロ担当のすずめちゃんもいい。口癖の「みぞみぞする」も、当時流行ったなぁ。
別府に片思いしてるけど真紀のことも大好きで、好きな人同士がうまくいくことを願いつつ、別府の姿を心の中で思い浮かべるすずめちゃんは、一途で可愛らしくて、いじらしい。
満島さんの声はいつも少し震えている感じで、それが、繊細で傷つきやすい小鳥みたいで、すずめちゃんをそのまま体現しているかのようでもあった。
高橋一生さんが演じたヴィオラ担当の家森は、名場面 "唐揚げにレモン黙ってかけますか" が表すように、何かというと自説を展開し始める、ちょっと面倒くさい男。
そして、すぐにスネて”ねぇ皆んな僕を見てよ!”という態度が、小さな男の子みたいでもあったり。後の「大豆田とわ子と三人の元夫」でいうと慎森の原型みたいな人。
女ったらしっぽく装ってるけど実は、本当に好きな子には思いを打ち明けられず見守るだけ、という不器用な面もあり、家森も愛すべきキャラクターだ。
息子との別れのシーンでは、観てるこちらまで胸が詰まり涙してしまった。
4人の軽妙な会話、ふざけあったり共犯者のような行動はクスっとして小気味よいが、ただの仲良し四人組というわけでもなく、ストーリーが進むにつれ、それぞれが辛い過去を抱えていたことが徐々に明らかになってゆく。
四人ともどこか欠けた部分を持ち、音楽を仕事に出来なかった人間は趣味とするのか、それともこのまま夢を追い続けるのか、という葛藤も抱えている。
友達というよりは近しく、だけど家族とも違う、四人が築いてゆく関係性や共同生活が、羨ましくもある。
真紀の夫を演じた宮藤官九郎さんは、優しいけど逃げ癖があり、頼りなげで情けないちょっとダメな夫さん役がハマっていた。
脚本家としてのクドカンにはいつも注目しているし、ほとんどの作品を観てきたけれど、私は役者としてのクドカンには今までほとんど触れたことがない。
今回クドカンの演技をマジマジと観てみて、ちょっとした表情や仕草、目線だけでも感情の揺れが垣間見えて、やはり役者としても上手い人なんだなと思った。
真紀のことを後輩に聞かれて
「愛してるよ、愛してるけど、好きじゃない」
というセリフも、当時はイマイチ理解出来ないものがありスルーしていたが、今あらためて聞いてみるとやっと少し分かった気がした。
家族としての愛情はあるけど、ミステリアスでなくなった真紀を、もう女としては見られない、恋愛感情はない、真紀が夫を思いやる程に、夫は真紀にトキメキが感じられなくなっていったのだ。
夫婦になったら、遅かれ早かれそういう気持ちになってしまうものじゃないかと思うが、いっぽう真紀の方は、夫が失踪してからもずっと夫に恋し続けていた。
「いつの間にか片想いになってた」そんなセリフも切ない。
すれ違う夫婦の心情をリアルに描くのも、坂元裕二・脚本の真骨頂だ。
当時、吉岡里帆さんを本作で知ったという方も多かったと思う。
妹にも "淀君" と言われるくらい、あざとく、したたかな有朱役は強烈なインパクトを残し、吉岡さんはこの作品以降しばらく有朱のような役柄が続き、そのイメージがついてまわった程で、払拭するまで良くも悪くも大変だっただろうな、とも思った。
今回観返してみると、現在は主役級で活躍している役者さんも何気に出演していたり、短いシーンだけど松本まりかさんも発見。家森の元妻・茶馬子(高橋メアリージュンさん)を追う二人組の片割れは、藤原季節さんではないか。全然覚えてなかった…。
真紀の母親役は坂本美雨さんだったりと、日頃はお目にかかれない珍しいキャスティングの妙もあった。
真紀の姑役を演じた、もたいまさこさんは、ロシアのコサック帽またはメーテルのような毛皮の帽子を被っていたのも印象的で、表向きは良好な嫁姑関係を装いながら、実はちょっと怖い姑でもあった。もたいさんって、微笑んでいてもいつも目は笑ってない(笑)
家森も別府もゴツいスノーシューズを履いていたし、舞台となった軽井沢の冬はやはり結構雪深いのね。
夏に、凍えるように寒そうな真冬シーン満載のドラマを観るというのも、気持ちだけでも涼しくなっていいかもしれません(笑)