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補論 観念のデザインを巡るブランドとイノベーションの境界線

 第十回では、デザインを、ブランドの構築に深く関わる「網膜のデザイン」と、イノベーションの実現に深く関わる「観念のデザイン」とに大別したが、厳密には、両者はそのような1対1のシンプルな関係で成り立っているわけではない。強弱の違いはあるものの、それぞれがそれぞれと関連性を有していると考えられる(下図参照)。

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 例えば、第一回で述べたように、製品の形に代表される「網膜のデザイン」もイノベーションの実現に関係している。さらに、「観念のデザイン」もブランドの構築に関係している可能性が高い。「製品の使用感など、デザインが提供する視覚以外の経験部分もブランドの構築に資する」とする考え方があるからである。

 本連載では、ブランドを消費者がその企業や製品に対して感じる「らしさ」と捉えてきたが、そのような「らしさ」は本来、デザインなどの視覚から得られる情報のみならず、五感を通じて得られる、あらゆる経験によって構築される(Schmitt,1999)。つまり、製品そのものから得られる経験に加え、広告やお店の雰囲気、接客など、あらゆる経験がその源泉となるのである。このような考え方は、ブランド・エクスペリエンス論などと呼ばれ、2000年代以降に台頭してきた。それに従うと、製品の使用感などのデザインが提供する経験部分もブランドの構築に資するといえる。

https://www.amazon.co.jp/経験価値マーケティング―消費者が「何か」を感じるプラスαの魅力-バーンド・H-シュミット/dp/4478501726

 しかし、ブランド構築の源泉をそのように広く捉え、そこにデザインが提供する使用感までも含めてしまうと、今度は、イノベーションとの区別がつきにくくなる。2010年代以降、イノベーションを巡る議論においても経験が鍵概念とされてきたからである。UX(User Experience)はその典型で、消費者に新しい経験(あるいは、心地よい経験)を提供することが、イノベーションの鍵になるとされてきた。

 その結果、近年では、ブランドを巡る議論とイノベーションを巡る議論が互いに越境し始め、混線が起こり始めている。それまではブランドとイノベーションは理論上、ある程度の棲み分けがなされてきた。しかし、ともに経験を鍵概念としたことで急接近し始め、どこまでがブランドを巡る議論で、どこからがイノベーションを巡る議論かが分かりにくくなっている。両者を同じ枠組みで捉えることは可能なのか。あるいは、捉えてよいのか。ダメな場合は何が分水嶺となるのか。現時点で明確な答えは得られていない。今後の研究課題の一つである。

参考文献                             Schmitt, B.H. (1999) Experiential Marketing, The Free Press.(嶋村和恵・広瀬盛一訳『経験価値マーケティング』ダイヤモンド社,2000 )。




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