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補論 デザイナーの見えにくい貢献の測定

 デザイナーの貢献は見えにくいと言われるだけあって、売上や利益などの客観的な指標でそれを測定することは難しい(注)。だとすれば、どのような指標を用いればそれを測定することができるのであろうか? この点につき模範解答はないものの、経験的には、①消費者の主観的な変化に注目したものと、②従業員の主観的な変化に注目したものの2種類がありそうである。

注)ペプシコ初代CDOのマウロ・ポルチーニ氏によると、社内で「デザインのROIはどのくらいか?」などというくだらない質問が出てくるのは、デザインが組織全体に組み込まれておらず、組織内の人々がそれを体験していない証拠だとされている。                                                                                  出所:『デザイン思考の教科書b』「ペプシコ:戦略にユーザー体験を」(2020),221頁。                                
注) 同様に、ソニー執行役員クリエイティブセンター長の稲場満氏(当時)も次のように述べている。「デザインは間接的には価値を生んでいる。それをブランドエクイティと言っているが、その価値は数字では表せない。だからこそ、しっかりした評価制度が必要だ」                                     出所:『週刊東洋経済』「特集 デザインで売れ」2002年11月9日号、99頁。

 まず、消費者の主観的な変化に焦点を当てた指標として有名なのが、「推奨者正味比率」(NPS: Net Promoter Score)である。この指標は、顧客に対して「あなたは同社の製品やサービスを友人に薦めますか」と尋ね、その結果を3つのグループ(10~9点:推奨者、8~7点:中立者、6~0点:批判者)に分け、推奨者の割合から批判者の割合を引いた割合で計測される。このNPSは、IBMなどでも使われており、同社ではこの指標が高いほど、UXの良いものが顧客に提供できていると考えているようである(Biz/Zineセミナーレポートb)。

 この指標が優れているのは、批判者の推移だけでなく、推奨者の推移も同時に測定することができる点にある。デザイナーの活躍により、使いにくい製品が減れば不満を言う批判者の比率は下がると予想される。そのため、その推移を知るだけでもデザイナーの貢献を測定することは可能である。しかし、UXや使い勝手の良さがユーザーに気に入られれば、不満の解消だけに留まらず、誰かにそれを勧めたくなるはずである(多くの人は優れた製品のことを誰かに話したくなるものだから)。NPSは、そのような積極的な貢献についても捉えることが可能である。

 一方、従業員の主観的な変化に焦点を当てた指標としては、従業員エンゲージメントの変化がある。これは、従業員の仕事や会社に対する思い入れや愛着度合の変化のことである。エンゲージメントの向上は職場を活性化し、イノベーションを生まれやすくする。例えば、日立製作所では、デザイン活動を通じて達成されるものの一つに、この従業員エンゲージメントの向上を挙げている。デザイナーは情報を整理したり、可視化したりすることが得意なため、彼らが関わることで、従業員に経営陣の考えや仕事の意義・魅力などが伝わりやすくなるというのである(AXIS増刊号)。

 その他にも、社内でファシリテータ化したデザイナーの貢献を評価する際には、以下のような方法が採られることがある。例えば、NECでは、デザイナーがファシリテータとして参加したプロジェクトと、参加していないプロジェクトを比較し、その差を検定している。ただし、その検定の対象となるのは、全プロジェクトのメンバーの満足度や営業先の顧客満足度などでである。売上を対象に入れると、製品化・事業化されたものだけにサンプルが偏るため、同社ではそれを意図的に避けているようである(Biz/Zineセミナーレポートa)。

参考文献                                                          『AXIS増刊号 日立デザイン つながっていく社会を支える』「組織のビジョンをつくり、エンゲージメントを高める」2021年4月、40-42頁。『Biz/Zineセミナーレポートa』 「デザイン軸で事業を考える日立とNEC あまり知られていない人材・組織・評価の変革」(http://bizzine.jp/article/detail/1585)
『Biz/Zineセミナーレポートb』 「IBM,日立,パナソニック,富士通のUXリーダーが語ったデザイン思考による組織変革とは?」(http://bizzine.jp/article/detail/2210)                                 『デザイン思考の教科書b』「ペプシコ:戦略にユーザー体験を」(2020)ハーバードビジネスプレス。                          『週刊東洋経済』「特集 デザインで売れ」2002年11月9日号、99頁。


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