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あの子の日記 「手ぶくろよりもきみがいい」
冬。今年も上手にまちが光っている。街灯、信号機、車のヘッドライト、つめたいビルの窓から漏れる働く光。それと道路脇の木に巻きつけられた小さなつぶつぶ。おめかしした夜に白い息が溶けると「ああ、また、まっとうな冬だなあ」とわたしは思う。
去年もその前の年もとなりを歩いてくれた恋人は、おおといの晩、元恋人になった。お米を炊く元気も、洗濯機をまわす気力もない。友人が外へ連れ出してくれなければ、きっとひとりの夜から抜け出せずにいた。あたたかさを重視した分厚いコートと、手によくなじむ雪色の手ぶくろを身に着け、部屋を出る。まちを歩く。
影のように暗いコートを着こなした友人は、車が来る気配のない横断歩道でも赤信号になればきちんと立ち止まる男だった。その小さな真面目さと彼なりの正義感は、ならんで登下校していた小学生の頃からちっとも変わらない。
「どうして連絡くれたの」
「年末だからな。一応」
「どうして会ってくれたの」
「おれの第何感だかがピンと来たってやつよ。高校入ってさ、お前、ゾッコンだったやつに振られたことあったろ。さっきの電話の声があのときと似てた」
上手に光るまちを友人と歩く。わたしよりも、わたしのことを知っていそうな友人と。
じゅうぶんにあたたまった手に必要なくなった手ぶくろは、コートのポケットにぎゅうと押しこむ。正面の青信号は眠たそうにまばたきをした。信号待ちの数十秒のあいだ、友人の手の影にわたしの手の影を重ねてみる。影を真似て、わたしたちも手を重ねる。
まるで、まっとうな冬がはじまるように。
ヘッダーイラスト KOHEiさん
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