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あの子の日記 「火打石」
夜更けの町の小さなお店で、わたしはケイコちゃんに気持ち悪がられている。ほどよい炙り加減が分からないまま、ちりちりと踊るスルメを見守りながら「えー、そう?」と答えた。
「3歳児みたいな駄々こね男とあんなに苦労して別れたのに、ずるずる会ってちゃあ別れた意味ないと思うんだけど」
「まー、うん。それも一理ある」
くるんとカールした小ぶりなスルメを口のなかに放り込む。香ばしいかおりが唾液と混ざって、うまみと幸福をかけ合わせた物体が食道を通っていく。
「でもわたし思うわけ。だらだら始まった恋愛がスパッときれいに終わると思う?フェードインしたものはフェードアウトしなきゃじゃん」
と、わたしが言い終わらないうちに、ケイコちゃんはため息をついて日本酒をちびりと舐めた。あのため息はわたしの発言に呆れた「はあ」なのか、残念な思考回路を哀れんだ「はあ」なのか、それとも呆れかつ哀れみのダブルミーニングの「はあ」だろうか。
「自分がいないとお互いだめになるとか思ってるたちだな」
「そこまでじゃないよ。ただね、なんて言うか、わたしと和田くんって火打石みたいなものだと思ってんの」
火打石って、石と鋼をふたつセットで使うものなのね。どっちかだけじゃ何の役にも立たないんだけど、そのふたつをこすり合わせると火花が散って、それが綿みたいなふわふわに飛んで火がつく。
わたしと和田くんもそんな感じだと思うんだ。会ってバチっと火花が散ったら、むかしの記憶に飛び散って燃えあがる。終わった関係にすがっていたいのはどっちなんだろうね。ケイコちゃんどう思う?わたし、やばいかな。
「やばいよ。やっぱりあんた気持ち悪いわ」とケイコちゃんは笑った。いたずらをしてケラケラと走り回る子どもみたいに笑って、長い前髪をかきあげた。
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