話がコロコロ変わるは個性の1つ
どう捉えるかでプラスにもなればマイナスにもなる。
そんなことありますよね。
私はもともとは言語化ができない人でした。
できない人というのは言い過ぎかもしれないけどとても苦手で
言語化できるようになるんだと始めたのがスタンド FM というコンテンツを使って音声を撮ったり、YouTube で動画を始めるということでした。
本格的に始めて3年ほど経ちましたけど、話せるようになったとはいえ
みんなに分かりやすく順序立ててなんてことは未だに苦手です。
それでも音声や動画で話せるようになったというのは大きな成長だと感じています。
そんな私ですが一時は YouTube を 毎日投稿していたりしましたが 今 方向性を変えたいということもあり 週に2日 3日ぐらいの投稿になっています。
その中で 続けているのが YouTube ライブ配信です。
テーマに合わせて話していくということもありだと思いますが、
ライブ配信では今私が一番思ってることを話すみたいなことをやっています。
そのライブ配信は時々コメントしてくださる方がいます。
当たり前だけどやり始めの頃は誰が見るわけでもなく、コメントしてくれる人がいるわけではないけれど、続けているとちゃんと見てくださる方がちらほら増えてきました。
テーマを決めて話すというのが一番視聴者にとっても分かりやすいんだとは思いますが、話していくうちに話が脱線しまくり。
この人は一体何が言いたいんだろう?
視聴者の方を惑わすことが多いように思います。
最近よくコメントしてくださる方がよく言っていただける言葉があります。
「話が脱線して楽しいです」
話の脱線していることが楽しい?そんなことってある?
話が脱線することはいけないことなんじゃないかと思いつつも脱線していた私。
そのコメントにびっくりしました。
きっとそのコメントは今日だけだろうなんて思っていたら、ライブ配信をするたびに何度かその同じ言葉をいただきました。
一般的に考えれば話の脱線は良くないことかもしれない、
できればテーマに沿った話をした方が視聴者には分かりやすい。
その通りだ。
でも捉え方によっては、話を脱線することを楽しいや面白いと思ってもらえることもある。
たった一人の方のコメントかもしれないけども、何度か言ってもらえるうちに、これは私の面白さでは?これも私の個性の一つなの?
そんな風に思い入れるようになってきました。
正しくやることも正解かもしれないけども、
正しくやらないもまた正解。
自分らしく、そして自分の個性を活かすなら、一見マイナスに見えるところも、捉え方を変えればプラスに働くこともある。
話が脱線してもいいんだと思うと、私自身とても話しやすくなったし
自分らしく話せてる感覚がとてもあります。
他の方からしたら、ちゃんとテーマに沿って話せよ。ってお叱りを受けることかもしれないけども、きっとそんな人は私の動画を見ない。
話が脱線して面白いよね!この人なんだろう?と思えた視聴者さんからの
コメントで気づかせてもらえたエピソードでした。
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