哲学の世界では「確率」をどう解釈し、論じているのか?――近刊『確率の哲学 ― 因果論思考から帰納論理へ ― 』はじめに他公開
2022年9月下旬発行予定の新刊書籍、『確率の哲学 ― 因果論思考から帰納論理へ ― 』のご紹介です。
同書の「監修者序言」「はじめに」を、発行に先駆けて公開します。
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監修者序言
確率論は、パスカルやヒュームにより先鞭をつけられ、ラプラスにより体系化されました。現在では、数学の一分野の「確率論」として展開されています。しかし、それが一体、なにを表し、どう根拠づけられるのか、という根源的な問いには、今日にいたるまで答えが見出されていません。このことが、現代において、「確率の哲学」というジャンルを誕生させました。
ベイズ主義、確率的因果といった学説が次々と生みだされる一方で、論理説を提唱したカルナップの哲学について、わかりやすく書かれた一般書は、いまだ出版されていないようにみえます。
この意味で、本書は、カルナップの「知られざる」帰納論理を一般読者に伝えるとともに、確率の哲学について、興味を掻き立てるものになるでしょう。
本書をとおし、「確率の哲学」というジャンルが広く一般読者に知られることを願ってやみません。
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はじめに
確率の哲学というジャンルがある。確率をめぐる問いを扱う分野なのだが、本書は、その決定版になると思う。決定版とは、諸問題を、教科書的に(網羅的に、整理して)扱っている、ということだ。
確率の問題とは、しかし、何だろう。中学高校で「事象hの起こる確率は、その場合の数を、起こりうる場合の数すべてで割った商です」と教えられたとき、どうも、しっくりこなかった人がいるかもしれない。そんな人に、確率の哲学はうってつけである。ラプラスの思想、頻度説、量子力学、意志決定理論、……。確率の哲学に関するトピックを、本書は隈なく取りあげる。どれもメジャーな問題ばかりだ。だが、疑問や問題ばかりでは、何も進まない。あるところに向け、系統的に話を進めなければダメだ。本書は、そういうものとして、カルナップの帰納論理を取りあげる。
カルナップ(1891-1970)は晩年、キャリアの集大成として、帰納論理を構想し、“The Logical Foundations of Probability”(確率の論理的基礎)にまとめた。本書は、そこで扱われた確率論思考を(行動と事象の)因果論思考とみなし、最終的に、このカルナップの体系に向かう。
なお、カルナップの帰納論理に、いわゆる単称因果言明(因果関係)を絡める考え方や、そのためにデイヴィドソンの出来事論理を持ちこむ考え方は、本書独自である、これは、筆者の長年のリサーチプログラムの成果でもあることを断っておきたい。
第7章から展開される帰納論理をパラパラと読み、自分には敷居が高い、と思った人もいるかもしれない。そういう人は、話の大筋だけを追えるようにも書いているので、はじめから細部まで理解しようとせず、要点を押さえながら気軽に読み進めてほしい。
カルナップは、確率の哲学を、ほぼ全部把握していた。なので、本書を手に取る人は、はじめから、カルナップの思想に触れているのである。もちろん、そういうことを脇に置くにしても、確率への関心をもつ人すべてに、本書は興味深いものになると信じている。
ちなみに、正規分布や二項分布といった統計学の話は、本書では扱わない。拙文「統計推論とはなにか ― 帰納論理をふりかえりつつ、『The Basis』第12号(武蔵野大学教養教育リサーチセンター)」にまとめているので、興味があったら読んでほしい。
確率の哲学とは何か
確率の哲学、つまり確率について哲学して何をしようというのか、と思っている人に対し、はじめにイメージを掴んでもらうため、何かいっておきたい。
確率の哲学のイメージが掴めない人は、とりあえず、「等しく確からしいとは何か」という問いから入ってもらえばよいと思う。
中学高校で、確率とは、等しく確からしい事象(根元事象)すべての数に対する、問題の事象の比率だ、と習った、しかし現実世界で、そういった「等しく確からしい」事象に遭遇することはマレではないか。
たとえば、あなたが応募先の企業の面接で、待合室に入ったとしよう。三人の応募者がいる。採用人数は一人。あなたは、素直に、自分の採用される確率は25%(自分を含め応募者四人の採用確率は等しく確からしい)、と言い切れるだろうか。
「なんかアイツ、デキそうだな……」なんて考え、「せいぜい10%くらい」と見積っておく。そんな考え方を、実際にはしてしまう(なぜ低く見積もるのか。不採用時のショックに備えているのか……)。
確率の哲学とは、そういった心理、論理を人生の場面場面に照らし合わせながら、数学的に定式化された確率の理論に深く切り込んでいくものなのである。
本書の学び方
本書は基本的に、読み物として、通読してくれて構わない。だが要所要所で、問題が設けられている。紙と鉛筆を使い、手を動かして解いてもらいたい。なお、解答は巻末に納められている。
込み入った議論は、付録に回されている。プロというか、より専門的に確率の哲学にアプローチしたい人は、ぜひこちらにも挑戦してもらいたい。
記号論理について
本書は、記号論理の知識を必要とする箇所がある。カルナップの帰納論理に話が移る第7章以降、その傾向は強くなる。
ただ、記号論理の技術そのものについていえば、初歩的なレベルさえ理解していれば十分である(大学教養の記号論理学を履修する程度)。その用途は、因果論思考(簡単にいうと、目的と手段を結ぶ考え方のことである)を定式化するためのものだと考えてくれて構わない。それに伴い、確率論(高校では集合論のかたちで学んだ)も記号論理化される。くわしくは、第7章以降を読んでもらいたい。
記号法などは、拙著『文系のための記号論理入門―命題論理から不完全性定理まで(朝倉書店)』を踏襲している。巻末の用語集にまとめたから、必要に応じて参照してもらいたい。
※分かりやすさの観点から、内容を一部修正しています。
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確率はいったい何を表し、どう根拠づけられるのか?
哲学的に筋道を立てて確率を論じるとはどういうことか?
そのためにはどのような手法が必要なのか?
「ある会社の採用試験を受けたとき、自分が採用される確率はどれくらいか」
「最近事件が起こった国へ渡航したとき、自分が事件に巻き込まれる確率はどれくらいか」
このような場面を題材に確率の哲学的側面を解説します。
扱う手法は、意志決定理論から始まり、記号論理や確率論理学を経て、カルナップが提唱した帰納論理へとたどり着きます。
哲学者の思考と研究アプローチに触れられる一冊です。
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