「Be yourself~立命の記憶~Ⅱ」第1話
起業家の二人
忘れられない人を思い出した事くらい、あるだろう?
俺、ニノ。36歳。日本人でバンコク在住。
日系企業の共同代表。 これが今の俺の肩書き。
自宅として使っているスクンビットの高級マンションの全体の色調は黒と紫。
エントランスの真ん中の吹き抜けになった通路の上からは、薄暗い室内 をこれでもかって程に眩しく輝かせる照明が光っている。
1階の右手前には、水の流れる3mくらいのガラスのオブジェ。その前には、2段低くなった高さで、日本の一般的なリビングぐらいの広さのスペースがあり、ブラウンの木と白いファブリックのソファーがコの字に並んでいる。クッションは茶色の正方形のものが、斜めに綺麗に飾られている。
床には灰色をベースにした、幾何学模様の絨毯が敷き詰められ、外を眺めると、丁寧に手入れされた白い花が、3つくらいの重厚な黒の花壇にそれぞれ統一されて植えてある。左手を見ると、3m程の高さの本棚に、ぎっしりと本が埋め尽くされ、その前には、 2,3人掛けのオシャレなカフェテーブルと椅子が、3つくらい置いてある。
東京だと家賃30万円くらいだろう、これで1LDKに10万円で住めるんだから、日本よりは居心地が良いのが本音だ。
海外駐在員としてサラリーマンだった後、3年前に、ビジネスパートナーを見つけて、バンコクに会社を立ち上げるのを手伝った縁で、俺は取締役に就任していた。
事実上は、俺が運営しているから、一応共同代表って事になっている。いや、している。 俺、ずっと起業したかったんだから、代表って言わせて欲しい。
そして、今期やっと、黒字に転換したばかりだった。 いやー、長かった!赤字も結構垂れ流した!
この3年間、イヤっていう程、苦労した。眠れなかったし、泣きそうになった事が何度もあった。そんな俺の会社がやっと軌道に乗り始めたのが、会社設立から4年目の秋だった。
クリスマス辺りから正月にかける頃に、急に人恋しくなるのは何故だろう。
なりふり構わず、がむしゃらに仕事をやって来た俺は、気が付いたら彼女が居なかった・・・。
俺、やっと上手くいったのに、女も居ねーのかよ!
くそー、次は、彼女だ。自分の女だ。
ヨシ!今年の目標は、「彼女を作る」これだ! よし、決めたぞ!
さあ、どうする? ・・・どうしよう??
俺は、誰を彼女にしたいんだ?
部屋に戻った俺は、眼下に発展途上国で広がるスモークがかった建物群と沈み始めた夕日を眺めながら、スマホで SNS を開いた。
2015年1月3日。
正月休みで、みんな実家に帰ってるという投稿。いいなー。
俺、バンコクで1人だわ―、寂しいわ―。彼女欲しいわー。 で、ふと、昔好きだった人なんかを検索してみる。
そこで、高校の時に付き合っていた彼女を見つけた。
居た居た!アイさん!居ましたよ!
・・・プロフィール見てみよ。
そう思って、顔写真のところをタップした。
・・・ わー、やっぱりね!やっぱりね! マジだ、マジだ!マジでアイさんだ! 出身地同じだし、絶対そうでしょ!
苗字変わってるけど・・・結婚したのか。 はい、おめでとう。
ま、だよなー。36歳にもなりゃそうだよなー。 つーか、変わんねーなー。いつの写真だよ、これ。 プロフィール以外の投稿で、自分が写ってるのほとんど載せてねーな。 って事は、相当変わってる可能性あるよな・・・。
お、最新の投稿が桜島の写真。 正月だから、地元に帰ってるのか。
・・・友達申請。
ポチっと。
やー!申請しちゃった、申請しちゃった! やべー、俺、なんか承認されるの待っちゃってるぜ! あ、メッセージ送っておくか。 丁寧に、紳士的にな。普通に挨拶程度にな。
***
忘れていた人を思い出す時の苦々しさってあると思う。
私、アイ。36歳。日本人で東京在住。
・・・この人、私の事、嫌いなんじゃなかったっけ。
なんで連絡してきたんだろう。
お正月に帰省した鹿児島の実家の古びたマンションで、眼下に甲突川を眺めながらスマホを持って困惑していた私は、プロフィール上の情報を見てから、メッセンジャーでそつなく返事をした。そしたら返信が来た。
今年の夏には生まれる子供の入った大きなお腹を抱えながら、去年の春に生まれた子供のオムツを替える。しんど。
忙しいし疲れるから、なるべくメッセンジャーのやり取りはしたくない。
用があるなら、電話か直接話するほうが楽なのが本音。
私は、電話して話すほどの事も無い相手に、「仕事は何をしてるんですか?私は自分の会社をやっています」「お役に立てる事があったら連絡してください」「東京に来ることがあったらご連絡ください。お近くに行くときは連絡しますね」という基本的な社交辞令の文面で対応して、コメントのラリーを3往復で終わらせた。4往復目はスタンプでいい。
懐かしさの反面、古い切ない記憶と、嫌な思い出がよみがえりそうになる。
私は、そこに蓋をして、目の前の子供たちの相手をすることに没頭した。
女子トーク1
「カタカタカタカタ」
東京の小さなマンションの一室で、パソコンで文字を入力する音が聞こえる。
平日の日中は、フルタイム勤務で自分で借りたオフィスで働いている私。 主人と子供が3人。子供の年齢は6歳、2歳、1歳。 区立の認可保育園に3人とも預かってもらいながら、仕事をしている、はたからみると、 バリキャリ系の働くママだ。
「森川さん、パフの在庫残り少なくなりましたー。」
「あ、はーい。えーと、前回の発注、いつだったっけー・・・。ちょっと待ってねー…。」
21歳で社会人になってからは、仕事は早くて、バリバリなんでもこなすのは得意だった。特にパソコン作業なんかはすごく早く仕上げられる。
でも、実は少し頼りない社長かも知れない。
毎晩、ストレス解消と称して、夜中の1時か2時頃まで自宅で酒を飲み、翌朝8時にのそのそと起床。
二日酔いの頭のまま、既に目が覚めて元気いっぱいの子供たち3人に朝ごはんを食べさせる。
朝食のパンを持ったまま、TV の前とダイニングテーブルを行ったり来たりする次男2歳を叱り、いつまでも着替えない長男6歳に怒鳴る。1歳の長女は、出してあるパンをちぎって、そこら中に放り投げ、パンを取り上げると、寄こせと泣きわめく。
主人に3人分の保育園で必要な物を入れるカバンの準備を任せて、私はと言うと、毎朝子供たちを怒ってばかりいる。
朝9時頃、自転車で、遅刻ぎみに子供3人を主人と一緒に保育園に送り届け、急ぎ足で出社。
会社に着くと、PCでメールソフトを開いてメールを受信。いらないメールを削除しながら、広告の効果計測データを眺め、売上を上げる為に、次に何を仕掛けるべきかを考える。
でも思いつかないからベランダにタバコを吸いに出る。 ベランダから戻ると、電源を入れ、水とカプセルをセットしたドルチェグストを見て、コ ーヒーを入れるのを忘れていたのに気付く。 レバーを倒して、コーヒーを入れながら、さっき考えていた事は何だったっけ、ともう忘れている。
夕方は、19時15分がお迎えの時間だから、それまでに今日やる事を全て終わらせなければならない。
途中、お客さんからの電話が掛かってくる事を想定して、なるべく早めに何でも終わらせなければならない。マーケティングデータを分析しながら、季節に合わせて戦略を考え、前年度の売上から来月の売上を予測する。良い月もあれば、悪い月もある。
予測に従って、仕入れと在庫の数を調整し、資金計画を練り直す。
他にも様々なやる事と考える事が満載の毎日は、時間とプレッシャーとの戦いだ。
だからだろうか。夜になると何故かお酒を飲みたくなる。タバコは辞めたいのに辞められないから、辞めるのを諦めた。
一緒に働くパート勤務のママ達はみんな優秀で、毎日の受注から出荷までのルーティンワークは彼女たちが支えてくれている。
従業員は常勤のパートが2名、内1名は1歳半の赤ちゃん連れで勤務している。 他に週1回のパート勤務が1名。週2,3日は、自宅に家事代行のアルバイトも雇っている。 小さな会社。
書類が山積みの、散らかったデスクで、私は、PowerPoint(パワーポイント) で書きかけていた、資料「20年間の分析と考察、状況の整理と目標達成までのプロセス」 を一旦最小化すると、仕入れ注文書のフォルダを代わりに開いた。
「あー、前回結構前だもんねぇ。という事は年末にもかかるし、多めに発注しとかないと まずいかー。 でも、ホントごめん、私、ちょっと忙しいんで、計算からお願いしてもいいですか?」
「あ、はーい。いいですよー。」
「他の業務もあるのに、すみませんね…。よろしくお願いします…。」
赤ちゃん連れで勤務するママは、刈谷(かりや)さん。
私のコーチングの先生の知り合いで、紹介してもらった。うちの会社が初めて人を雇うという段階から来てくれている古株で、キレイ好き、頼りがいのあるタイプ。目鼻立ちくっきりのナチュラル超美人。36歳。
もう1人のほうは、金(こん)さん。
私の結婚当初に居たマンションの2階に住んでいたママさん。50歳とは思えない若さと美しさで、最初仲良くなった時は、私は同い年だと思っていた。 彼女の二人目の子供の年齢が、私の長男と1つ違いという事もあり、平日の夜はよく2階に子供を連れて遊びに行って、一緒にご飯を食べ、お酒を飲んでいた。
ここ2週間の間、私は週末の海外旅行を控え、事前準備や下調べなどに没頭していた。食事も取らずに調べ物をしたり、考え事をしたりしていたので、それを分かっている二人は テキパキと仕事をこなしてくれていた。
「差出表(さしだしひょう)印刷しました?」
「あ、まだー。これから出しまーす。」
「はーい。」
【差出表の印刷】は、今日の発送物の処理の大半が完了した合図だ。
2人の息の合った仕事の効率の良さに甘えて、私は、切り出した。
私「ねぇ、皆さん、ちょっとご相談があるんですけど、聞いてもらえますか?」
刈谷さん「どうしたんですか、そんなに改まって。」
私「いやぁ、ちょっとプライベートな事でして…。昨日、金さん早く帰っちゃったから話出来なかったし。」
金(こん)さん「あ、昨日携帯ショップ行かないといけなかったから、そそくさと帰っちゃってごめんなさいね。アハハハ。」
二人は PC の画面でタイムカードの「退勤」を打刻すると、向き合って座ってくれた。
私「いやー、実はこんな資料を作ってみましてですね・・・。」
刈谷さん「何々、20年間の分析と考察、状況の整理と目標達成までのプロセス??」
金さん「あぁ、これね、昨日言ってたやつね」
私「私、今週末ベトナムのホーチミンと、タイのバンコクに行くって言ったじゃないですか。」
二人「言ったね。」
私「タイのバンコクで会う同級生なんですけど、実は元カレなんだよね。」
二人「あー、やっぱりね。」
私「あれ、驚かないの?」
刈谷さん「だって最近食欲無いっていって、賄いのランチも行かなくなったし。」
金さん「舞い上がってるわよね、ずっと。もう恋してるなって感じしたもの。」
私「いやいや、恋とか言わないでくださいよ。ホント悩んでるんだから。」
刈谷さん「だから全然ご飯食べて無かったんですね。」
金さん「何々ー、ダイエットして綺麗な私を見せちゃうワケ???」
私「イヤイヤ、違うのよ、ホント。ホント食欲が無くなっちゃっただけなの。いやね、それで、ちょっと聞いて。」
そう言って、私は、手元の資料の1ページ目を開いた。
私「まずね、彼との接点ですが、高校の同じクラスの人でして、1年の時の一瞬だけ付き合ってたんです。」
二人「ほうほう」
私「そんで、まぁ、チューして別れたんですよ。」
金さん「あらあら、いいわねぇ。」
私「そんで、次の接点は、私が16、7歳で高校2年の年に高校辞めて上京した後なのね。CD 出す前か、後かは忘れちゃったんだけど。あ、成人式の後かな?」
刈谷さん「あれ、森川さん高校中退してるんですか?」
私「そうなの。高校1年の終わりでね。音楽やりたくて上京したんだよね。で、19歳の時にTVに出て、20歳でメジャーデビューしてCD出してる。」
刈谷さん「そうなんですか?全然知らなかった!」
金さん「すごいわよねぇ。」
私「いやいや、売れてませんから。そんで、その時あたりに彼から電話を貰ったのは覚えてるんですよ。」
私「そんで、次の接点は、3人目の子を妊娠中に、鹿児島の実家にお正月帰ってる時のSNSのメッセージです。」
二人「え?これだけ?」
私「そう。付き合うも何も、学校の帰り1回一緒に帰ったくらいなのと、家に1回遊びにいったくらいなの。」
刈谷さん「それで、チューしてんの?」
私「あ、いやいや、まぁ、うん。ままま、その理由は、次のページね。あ、その前に。最後は2週間前にバンコク行くって連絡したのよね、SNS で。彼との接点この合計4回ね。で、 次ね。」
私「そのなんでチューしたかって話なんだけど、一昨日の10月24日時点での記憶ではね、私が付き合いが浅いのにチューして欲しいって言い出して、困った彼が、なんだかんだごちゃごちゃ言ったあげく、好きでもないのに、超ステキなキスをして、これでいいの? って言って去っていった事になっている。」
金さん「あらーぁ。ウブだったのねぇ。」
私「いや、でも、もう超ステキなキスだったよ!こう、クイっと顎を上げてさぁ。漫画みたいに。」
二人「キャー♪♪」
私「でも、まぁ、なんかごちゃごちゃ言ってからのそれだったし、キスした後に『これで いいの?』だよ??要するに私の事好きじゃないのにチューしたって事だったと思ってて。 で、これ書いた翌日に思い出したんで追記したんだけど、その後、高校の靴箱のところ で、好きでもないのにあんな事しないでよ!って私怒った記憶があってさ。」
刈谷さん「ちょっと待って、森川さんこの資料、いつから作ってるんですか。」
私「だから24日よ。月曜日。」
刈谷さんがカレンダーを見て数える。
刈谷さん「え!今日まで3日もかけて作ってるんですか!仕事中に何やってんの!」
私「ごめんなさーい!もー、バカでしょー。あたし、もうなんか最近色々おかしくなっちゃってー。頭がフワフワして眠れないのー。」
私は、恥ずかしくて、顔を両手で抑えてうつむいた。
金さん「恋ですよ、恋。あー、いいわねー、結婚して子供もいるとそんな感情思い出せなくなってくるわー。」
私「ま、まぁ、それでね。結局、後日、靴箱のとこで、彼から好きだって言ってるじゃん、って言われたと思うんだけど、私それが信じられなくて。嘘ばっかり、って吐き捨てて帰ったのよね。」
二人「なんでー。」
私「だって、顔が超怒ってるんだもん。そんな怒った顔で言われてもまったく信用出来ないじゃん。」
刈谷さん「そうなの?」
金さん「恥ずかしかったんですよー。照れくさくてそういう表情になっちゃったんでしょう?若いわねー。」
私「え、じゃぁ、彼、私の事好きだったって事?」
二人「何で分かんないの??」
二人に声を揃えて言われた。
私「いや、だから、顔と言葉が、ちぐはぐで一致してないから、嘘なのかと。」
刈谷さん「・・・森川さん、もしかして空気読めない人ですか?」
私「あ、それよく言われる。」
刈谷さん「言葉の裏にある意味とか、理解出来ないほうですか?」
私「あー、全然出来ない。だからよく騙される。」
刈谷さん「・・・バカ?」
私「うん・・・。たぶん・・・。」
刈谷さん「えー!!!そうなんだ!全然そうは見えないですけどね。だって仕事すごいできるじゃん。」
私「でしょでしょ。こんなパワポ17ページも作って整理して分析してさ!なのに、なんでー!私のバカー!」
二人「アハハハハ。」
私「まぁ、彼に振られた私は、そこから荒れた。すごい荒れた。そこまで好きじゃない人とも仲良くしたり、彼に興味は無い、っていうフリを一生懸命したのよね。」
金さん「あらー、じゃぁ、森川さん、高校の時遊んでたの?」
私「う・・・うん。そういう事になりますかね・・・。私の中では黒歴史時代。」
二人「・・・・。」
私「・・・ま、そ、それでさ、それでさ、次の電話なんだけどさ。」
二人「うんうん。」
私「電話の内容で覚えてるのは、群馬の大学に行っているって話した事だけなのね。彼がしゃべった内容は他に思い出せないの。で、私は会いたいなー、とか東京に来たら連絡してとか言ったような記憶がある。」
二人「ふんふん。」
私「そんで、昨日思い出したのが、私、彼氏居るって言った気がする。」
二人「あー・・・。」
私「え、何で彼氏居るって言っちゃダメなの?」
刈谷さん「それは内緒にしておかないと、ダメでしょー。」
私「え、何で?だってあたしすごいモテるから、ずっと彼氏いるもん。」
刈谷さん「そうなの?」
私「うん。私、すごいモテる。不思議なくらい。」
刈谷さん「あ、そうなんだ。いいなー、私全然モテないですよ。」
私「え、刈谷さん、そんな美人なのになんで?」
刈谷さん「常に警戒してるから。危ないんじゃないかって。キッってなってる。」
私「あー、あたし、まったく何も考えてない。だからよく声かけられるんだ。で、よく騙される。」
金さん「警戒心が無いのね。」
私「そう!警戒心0(ゼロ)。いつでも誰でもウェルカム。」
オーバーリアクションで、軽快に、自信たっぷりに答える私。
金さん「ダメよー、男の人は勘違いしちゃうから、気をつけないと。特に腕を触る、とか、じっと目を見つめる、とかしちゃったらその気になっちゃうんだから。」
私「え、そんなの誰にでもするでしょ。男女問わず、特に酔っ払ったらさ。男友達とでも腕組んで帰ったりするよ?」
金さん「ダメダメ~、そんな事しちゃぁ。その気にさせちゃうじゃない。」
私「え、じゃぁ、あたし今まで相当色んな人、勘違いさせてきちゃった?」
金さん「でしょうねぇ。」
刈谷さん「あー、悪い女だなー。」
私「えー!だって普通の事だと思ってるもん!ボディタッチくらいするでしょ!外国人だってさー。」
刈谷さん「森川さんって、アメリカ人みたいな感じなんですね。」
私「あ、そうそう。海外のほうが合ってる感じはする。」
金さん「まぁ、腕を触る、と、目を見つめる、はダメよ。勘違いさせるわよ。」
私「わ、金さん、魔性の女~。そうやって何人も落としてきたんですね。」
金さん「イヤイヤ、私はそんな。」
刈谷さん「金さんの話は面白いですよー。色々ありますから。」
私「あ、それ今度聞きたーい。いや、ちょっと待て、私が居ない仕事中に何の話してるんすか、二人で。」
二人「ハハハハ。」
そしてまた、私達は、資料に目を落とした。
私「いや、まぁそれでね、えーと、この資料に昨日追記したんだけど、ちょっと思い出したんですよ。」
刈谷さん「何を?」
私「私、この電話を切った後ね、すごく悲しかった事は覚えてるの。」
金さん「なんで?」
私「なんか、感情としては、私が彼の事を好きでいる限り会うことは出来ないんだって思って超凹んだんだよね。」
刈谷さん「なんで?」
私「なんかさー・・・あ!迷惑だって言われたの思い出した!そう、私の事迷惑なの?っ て聞いたら、すごい冷たく『迷惑だね』って言われた!それで彼すごい冷たい人って思ったんだ。」
私「そんで、その後、彼氏と別れたら連絡して、ってガチャ切りされた気がする!」
金さん「それはそうよー。だって彼氏がいるんだもの。」
私「え?何で?」
金さん「だって、成人式の後って事は、二十歳だから、高校の時から3年でしょ?3年間も好きで好きで、やっと勇気出して電話したのに、彼氏いるなんて。」
私「え?え?どういう事?」
金さん「だから、ずっと好きだった女の子に勇気出して電話したら、彼氏がいるって言われてソッコーで振られちゃったって事よ。」
私「えぇぇぇぇぇぇぇぇー!!!!!何、どういう事?じゃ、彼、私の事好きだったの???」
金さん「そうよー。なのに、彼氏いる女の子が会いたいなんて言ったらさぁ。」
私「だって!あたしずっと彼の事忘れられなかったんだもん!だから会いたいって正直に言っただけなのに!未だに好きなんだって正直に言っただけなのに!」
金さん「だから、彼氏がいるのに、そんな事言っちゃダメよー。傷つくじゃない。」
私「なんで?!なんで傷つくの?彼氏がいるのに会いたいって言っちゃダメ?」
刈谷さん「ダメでしょー。なんでそんな事言うんですか。」
私「だって、会ってみないと何も始まらないじゃん。あたしモテるから常に彼氏いるんだよ?たぶんその時は、ただ寂しさを埋める為だけに、つまんない男と付き合ってたんだと思うよ!」
金さん「じゃぁ、仮に、付き合ってる人が居なくて、よーいドン!で、他の人とその彼が同時に好きですって言ってきたらどっちと付き合うの?」
私「そんなの彼に決まってるじゃん!なんならそのまま結婚もするよ!」
金さん「その言葉をそのまま彼に言えば良かったのよねー。」
私「えー・・・。じゃぁさ、なんで彼は傷ついたの?私が本気で好きなのが伝わってない?」
金さん「だって、そうじゃない、彼氏いるって言ってるのに、会いたいなー、とか、まだ 好きなんだー、とか軽いノリで言っちゃってさぁ。」
私「え、まさか浮気するつもりだと思われたって事?」
二人「そう。」
私「えぇぇぇぇー!あたしそんな軽い女じゃないー!!勘違いされてるー!バカー!あたしのバカー!!」
金さん「だから、彼は本気で好きだったってこと。本命になって欲しかったんでしょ。それを、そんな軽ーく、会いたいなー♪なんて言っちゃって。」
私「えぇぇぇー、そんなぁ・・・。私も本気で彼の事が好きだったのに・・・。未だに恋心を思い出すくらい好きだったのに・・・。えぇー・・・・。」
私、ポロポロ涙が出てきた。そんな誤解されていたなんて。
金さん「高校の時だって、好きだったけど素直じゃなかっただけなんでしょ。だって九州男児でしょ?不器用なのよ。」
私「そうだね。(グスッグスッ)その通り。」
金さん「だから、今度会った時に、謝ればいいのよ。あの時は、あなたの事、傷つけちゃってごめんなさいって。」
私「そうだね。(グスッグスッ)」
金さん「彼、たぶんトラウマになってるわよ、ずっと好きだったのに、会いたいなー♪なんて軽ーく言われて。若い頃の森川さんのそのキャラでしょ?」
私は、床にひざまづいて、上を見上げて叫んだ。
私「わーん!ごめんなさーい!あたしバカだったー!!!」
そのまま床にうなだれるように、土下座した。 二人は笑っていた。
1分くらい、その場でうずくまっていた私は、気を取り直して、言った。
「あ、はい。それでそれで、続き、聞いてくださいよ。」
二人「はいはい。」
私「36歳で SNS でメッセージが届きます。その時はもう好きじゃないよね?」
金さん「まぁ、16年も経ってるから、懐かしかったんでしょうねぇ。あー、昔好きだったなーって。」
私「で、その1年後に私がベトナム行くから、近いし、寄れるなーって思って、ついでに行くから会いましょうって連絡したのね。まずかったかな?」
刈谷さん「いや、森川さんもう既婚者だしね。同窓会みたいな感じでいいんじゃないですか。」
金さん「まぁ、久しぶりに会って燃え上がっちゃったりしたら分かんないわよー。アハハハ。」
私「いやいや、それは困ります!私、主人と子供を愛してますから!」
二人「ハハハハ。」
金さん「その様子じゃ、分からないわよー。あの森川さんが食欲無くすくらいなんだから。」
私「いやー、それでですね、ちょっと聞いてくださいよ。いつからこうなったかって言うとですね、ここ、資料の一番下ね。 空港に迎えに行ってあげるって言われてからなんですよ。たぶん初めて優しくされたから。」
二人「ププッ。」
私「あ、画面キャプチャね。調査結果の資料はやっぱり視覚で理解できるようにと思って。 ほら私仕事は出来るから。」
刈谷さん「でも、彼も彼女いるんじゃないんですか?結婚はしてないの?」
私「SNSで見る限りは、結婚はしてない。でも彼女はいるっぽい。全投稿から推測した。私たぶん彼の全投稿、50回以上見てる。」
刈谷さん「どんだけ見てるんですか。」
私「調査は何度もしないと。何か新しい事実が分かるかも知れないじゃん。で、ほら、ここ。たぶん彼女いるのよ。コメントで『仲良くね~』って言われてるって事は女と一緒って事でしょ?」
刈谷さん「まぁ、ねぇ。」
私「そんで、昨日もうSNSのメッセンジャーで聞いてみたんだよね。さりげなく。あ、彼女いるならウチの化粧品持っていくよって。」
金さん「そしたら?」
私「見事にスルーしてきた。絶対いるでしょ。」
刈谷さん「何で言わないんですかねぇ。」
金さん「言いたくないんじゃないの?何か考えてる事あるんじゃないの?」
私「え!止めてよ!ダメだよ!勘違いしないで欲しい!私はヘンな事するつもりはない!」
刈谷さん「まぁ、会ってみないと分からないですよ?」
金さん「海外だしねぇ。まぁ、どうなるかはホント分からないわよねぇ。」
私「イヤー!やめてー!!そんなに煽らないで!!」
金さん「でもキスくらいはしたいんでしょう?」
私「まぁ・・・それは20年も抱いていた恋心があるので多少は。ダメかな?」
刈谷さん「キスだけで止まりますか??」
私「いや、私は止まるよ!普通止まるでしょ!・・・え?止められないものなの?」
刈谷さん「私だったら止められませんね。」
私「え?そうなの?普通そうなの?イヤイヤ、キスくらいなら挨拶代わりだけど、最後までしちゃダメだよ!あたしウチの主人の事、超愛してるもん!」
金さん「今回のきっかけを作ってくれたのもご主人なワケだからねぇ。」
私「そうだよ!こんなステキな旦那さん居ないよ?あたし絶対に裏切らないんだから!」
私がそう言うと、みんなが帰り仕度を始めた。
私「あれ、みんな帰っちゃうの?」
刈谷さん「まぁ、行ってどうなるかじゃないですか。」
金さん「会って話してみないと分からないしね。」
私「まぁ・・・そうだよね。」
刈谷さん「ま、どうなるか分からないですけどね。」
私「だ~か~ら~、そうやって煽らないでってば!」
二人「ハハハハハ!」
刈谷さん「まぁ、じゃぁ頑張ってくださいね。」
金さん「恋の炎でヤケドしないでくださいねー。」
私「ハハハハ。ありがとう・・・。お疲れ様でしたー・・・。」
二人共帰っちゃった・・・。
↓↓↓第2話へ続く