『世界でいちばん弱い妖怪』キム・ドンシク著を読んで
キム・ドンシク著 吉川凪訳 小学館 2021年
作者は1985年に生まれ、小説なども読んだことがない方で、インターネットに創作した話を投稿してたところ、ある作家の目に留まり、出版されることになったらしい。文法や綴りの間違いをサイトを読んでいる人たちが添削したりして文章に磨きをかけていったとのこと。
この短編集は「妖怪」が多く出現する。どの妖怪も人間の住む地球にやってきて、人間といろいろ交流するのだが、そこで悪魔の誓約だか、共存していくために妖術を役に立てたりだとかする。そこに人間の人情だとか、政治的な社会だとかが関わってきて、ぷつりとオチがくる。どの短編も、人間とは何なのか、と考えさせられる話になっている。ユーモアがあるんだが、やりすぎないユーモアで、オチも超ハッピーエンドでもなく、バッドエンドでもなく、やりすぎてない。そのソフトランディングな着地が心地よい物語だった。
私が気に入った短編は、「スマイルマン」。毎月一日に笑った人先着100名が理由もなく死んでいくんだが、100人に達したことを国民が知ることができるように、テレビで「スマイルマン」に登場してもらい、彼が笑いだすのを国民は見届ける。そして、自分たちが笑っても死なないことを確認してから笑える、という。しかし、ある日から情報が錯綜して、死んだ人が100人超してから笑っても、死んでしまうようになった。そこから国民は恐怖にかられるのだが、というお話。超短いお話なんだけど、笑いという単純な感情表現をとりだし、それを規制することによって、大多数の笑いに対する恐怖が見事に描かれている。彼の作品はどれも、すごく単純に書かれているのだが、言葉が足りないわけでも、ストーリーが整っていないわけでもなく、超短い話は、まるでイソップ物語のように、完結している。どの作品も、人間の本性がつまっていて、それが時に悪であり、時に善であり、そのふり幅は単純であるが、教訓として終わっているわけでもなく、続きが書けそうなんだけど、これで終わるのが最もだという終わり方をしている。読んでいて、気持ちが良い。
「お客さんをどこに送るべきか」という短篇も好きだ。辛い人生を送ってきたおばあさんが死んで、天国に送られるのだが、地獄に自殺した娘がいるから、自分も地獄へ行きたいと願い出る。そこで、天国出入国管理事務所の人々がいろいろ意見を言い合う。それがまた、単純な展開ではあるのだが、人間が発する素朴なやり取りで、ほっこりする。
彼の作品の面白いところは、短い話なのに、想像力が豊かなところだ。そして、単純ではあるのだが、気が利いたユーモアもあり、それが人間だよな、と思うと同時に、妖怪とか、悪魔だとかも、人間味深いというか、時に残酷に描かれてもいるのだが、抜けているところもあり、とても素直にその登場人物の人間模様が受け入れられる。
一読する価値ありの作家である。
やはり韓国現代文学は熱い。
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