欧米の新仏教
「仏教の瞑想法と修行体系」に書いた文章を転載します。
20世紀後半くらいから、欧米では、仏教が独特な受け止められ方をしています。
仏教史、あるいは仏教の流れという観点から見れば、仏教が新しい形に変化・進化していると言っても良いでしょう。
はっきりと一つの性質を持った運動であるというわけではありませんが、新しい仏教の世界的な傾向として考えることができると思います。
当ブログではこの運動を「欧米新仏教」と呼びます。
「欧米新仏教」は、旧来の寺院組織や供養の儀礼とは無関係な、超宗派的で瞑想修行中心の仏教です。
私はこれが21世紀の仏教となりつつあると思っています。
このコラムでは、当ブログの本論としての瞑想法の体系についてではなく、欧米新仏教と、そのバックボーンや瞑想法に関して説明します。
「欧米新仏教」のバックボーンになっているのは、東南アジアの上座部仏教のヴィパッサナー瞑想と、日本やベトナムの禅宗の座禅と、チベット仏教の後期密教、ゾクチェン、マハームドラーの瞑想法の3つです。
欧米新仏教
「欧米新仏教」は教団仏教・寺院仏教ではありませんし、供養を中心にした儀式仏教でもありません。
この仏教の拠点は特定の宗派の寺院ではなく、瞑想センターです。
アメリカには少なくとも1000以上の瞑想センターがあり、その一割以上が超宗派です。
アメリカの仏教徒は 約300万人ですが、仏教に大きな影響を受けた人は 約2500万人という調査があります。
特定の組織に属さずに、日常生活の中で仏教を勉強している人達を指して「ナイトスタンド・ブッディスト」と呼ぶこともあります。
仏教に関心を持つ層は、かなり知的なレベルの高い傾向があります。
指導者は出家していないことが多く(在家主義)、女性も多いです。
また、仏教を宗教としてより「心理療法」として受け止められる傾向があります。
そして、死後にあまり関心がなく、この世での自由な生き方を求めます。
社会運動にも積極的で「エンゲージド・ブッディズム」と呼ばれることもあります。
インターネットの活用も多く、「ヴァーチャルサンガ」と呼ばれることもあります。
「欧米新仏教」の指導者は、アジアから来た僧侶であったり、アジアの僧侶に学んだ欧米人です。
ですから、もともとは何らかのアジアの宗派と結びつきがあります。
しかし、多くは意図的にそれから距離を置き、独自の思想・組織・活動形態を持つに至ります。
思想的には、初期仏教の基本思想に重点を置いて、現代的解釈で各派の思想が抽出される傾向があります。
瞑想法では、気づき(マインドフルネス)瞑想を中心に各派の修行法が折衷されます。
指導者も勉強している人も、特定の宗派にも、特定のセンターにも、依存せず、複数の宗派(上座部仏教、チベット仏教、禅宗)などの修行法を勉強する傾向があります。
以下、上記の3つの宗派・瞑想法が「欧米新仏教」に与えた影響について説明します。
上座部のヴィパッサナー瞑想
上座部の正式な瞑想法はアビダルマ哲学や『清浄道論』に基礎をおいた複雑なもので、なかなか一般人が実践できるものではありません。
しかし、50年ほど前にミャンマーで、誰でも行えるように簡略化した瞑想法が作られ、「改革派」の潮流が生まれました。
マハーシ・サヤドーや、レディー・サヤドーの3代目の弟子でインド人のS.N.ゴエンカらが作った新しい「ヴィパッサナー瞑想」です。
このような簡略化された「ヴィパッサナー瞑想」の広がりによって、出家者が在家の瞑想指導を行うことが当たり前になりつつあります。
これは、上座部の伝統の中では新しい出来事です。
また、この種の瞑想は、欧米では「マインドフルネス・メディテーション」「インサイト・メディテーション」、日本では「気づき瞑想」と呼ばれ、現在、欧米、アジア諸国を中心に、世界的に猛烈な勢いで広まっています。
カウンセリングや心理療法とも親近性が強く、様々な交流があります。
アメリカでの最初の大きなきっかけになったのは、タイで仏教に出会い、インドでゴエンカの指導を受けたジョセフ・ゴールドスタインと、タイでアチャン・チャー(タイ有数の森林僧院であるワット・パー・ポンの設立者)に従事して僧侶になったジャック・コーンフィールドが、2人で設立したマサチューセッツの「インサイト・メディテーション・ソサイエティー」です。
コーンフィールドはその後、カルフォルニアに「スピリット・ロック・メディテーション・センター」を設立します。
前者が『入出息念経』や『四念処経』をベースにした伝統的な指導スタイルなのに対して、後者は心理療法なども取り入れた総合的なプログラムを行いました。
彼らは上座部の組織や信仰・思想とは距離を置き、新しい運動体(欧米新仏教)となっていきました。
禅が日本人禅師など、チベット系仏教が亡命チベット僧侶らの直接指導とカリスマ性の元に始まったのに対して、ヴィパッサナー瞑想は、欧米人が海外から持ち帰って流行させたものであるという特徴があります。
また、スリランカの僧侶バンテ・ヘーネポラ・グナラタナは、ウェストバージニア州の森林に僧院と瞑想センター、バーワナー・ソサエティを設立して、一般に向けても指導を行い、影響を与えました。
禅宗と座禅
日本の禅が欧米で人気なのは日本人も良く知るところです。
仏教学者の鈴木大拙のビート文学への影響や心理学者のフロムとの共同作業など、文化人に多くの影響を与えたことも有名です。
しかし、欧米では日本の禅だけではなく、ベトナム、台湾、韓国の禅も注目されています。
これらの国の禅は臨済宗系の禅宗ですが、日本と違って総合仏教的な性質が強く、日本ほど座禅にこだわりません。
アメリカでの日本の禅の新しい形での布教の基盤を作ったのは、「サンフランシスコ禅センター」などを設立した鈴木俊隆でしょう。
彼の禅は基本的には曹洞禅ですが、アメリカ人にも分かりやすく、自由な発想で教えを説きました。
ビート文学者のゲイリー・スナイダーやアレン・ギンズバークらとも交流し、影響を与えました。
「ロサンゼルス禅センター」などを設立した前角博雄も重要です。
彼も曹洞宗の僧でしたが、曹洞宗の只管打坐と臨済宗の公案の併修で教えています。
彼らは日本の臨済宗とも曹洞宗とも距離を置いた活動をしました。
前角の弟子でアメリカ人のローリ大道は、「ゼン・マウンテンモナストリー(山川教団)」を設立し、新しい禅宗を作っています。
「十牛図」に対応した10階梯を設けるなど、独自の組織化された僧院を創設し、在家者にも出家者用修行を指導し、学問研鑽も行っています。
また、彼は亡命チベット僧のチョギャム・トゥルンパの影響も受けています。
ベトナムの禅は、ベトナム戦争を機に亡命せざるをえなくなったティク・ナット・ハンの欧米での活躍によって、知られるようになりました。
アメリカには彼の禅センターが200ほどあります。
彼の禅は「行動する仏教(エンゲージド・ブッディズム)」として知られています。
必ずしも社会運動をするということではなく、仏教や瞑想を日常社会の中で生かすこと、日常の行為を瞑想的に行うことを重視しています。
思想や瞑想法は折衷的で、上座部的なシンプルなヴィパッサナー瞑想に、大乗的な慈悲の心、禅宗的な現世肯定の思想が組み合わさっています。
例えば、五戒を現代的に解釈し、それを瞑想するといった方法もあります。
「生命に敬意を払う」、「寛容になる」、「性的責任を果たす」、「深く耳を傾け愛をこめて話す」、「意識的な消費をする」などです。
チベット仏教のゾクチェン、マハームドラー
1950年の中国の侵攻によりチベットの仏教僧たちは、インド、ネパール、欧米などに亡命して、チベット仏教は新たな時代を迎えました。
ダライ・ラマやチベット仏教の各宗派は、亡命先で伝統宗派に基づいた活動もしています。
しかし、独自の活動をしている亡命チベット僧達もいます。
チョギャム・トゥルンパ、タルタン・トゥルク、ナムカイ・ノルブなどがそうです。
彼らの活動の方が「欧米新仏教」のバックボーンになっています。
彼らが説いたのは、「ゾクチェン」や「マハームドラー」といった高度に発達した仏教思想でした。
これらは欧米では仏教の研究者にすら知られていなかった、未知の思想でした。
これらは部派仏教、大乗仏教、密教を乗り越えた思想であると、自ら位置づけるものであり、もともと、伝統的な仏教に捉われない思想です。
彼らはニューエイジ思想だけではなく、現代思想や現代心理学などにも影響を与えました。
「マハームドラー」をアメリカに紹介したチョギャム・トゥルンパは、一方で鈴木俊隆を尊敬し、禅にも大きな関心を示しました。
そして、生け花、茶道、医術、武道などにも興味を示し、無宗教・超宗教なアプローチを行いました。
「ゾクチェン」をアメリカに紹介したタルタン・トゥルクは、チベット仏教の伝統に即した活動をするだけではなく、現代的で総合的なアプローチで「ヒューマン・ディヴェロップメント・トレーニング・プログラム」も行い、ニューエイジ系の学者が参加しました。
彼らは、伝統的な枠組みで、伝統的な仏教用語で伝えるのではなく、仏教を対象化して、抽象的に捉え直して、西洋人に向けて、新しい表現で新しい言葉で説きました。
ナムカイ・ノルブは、イタリアの高名な仏教学者のトゥッチに招かれてナポリ大学で学者としての研究を行う一方、ゾクチェンの瞑想指導を行い、その組織は世界に広がっています。
彼の書籍は日本でも多数翻訳されていますが、学者でもあることから、ゾクチェンと仏教の他の思想との違いや、歴史についても、分かりやすく説明してくれます。
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