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「違い」を愉しむ~三人の音楽家と私~
作曲における私の役割
1)楽曲の「核」となるメロディをいくつか作る
音楽は理論と形式で出来てますから、数小節のメロディのブロックがあれば短い曲(だいたい5分以内)であればどうやら出来てしまうようです。私はそのために単旋律で書いた簡単なメロディをだいたい1曲につき3つぐらい、小節にすると24小節程度を音楽家に提供しています。これが楽曲のモティーフ(素材)になります。
2)楽曲全体の雰囲気や「構成」をきめる
楽曲をどんなイメージで、どんな感じの曲にするかですね、例えば大人っぽくとか、ベートーヴェンぽくとか、そういう方向性を決めています。これを決めないと音楽家は作曲出来ません。もちろん相手はプロですから、これが無くても作曲出来ますが、それでは私が制作する必要性が無くなります。旋律だけでなく、楽曲のテイストを決めるのは重要な私の役割なんです。そして曲の構成も多くの場合決めています。小説で言うと物語の進む道筋を決めているんです。Aメロの次にBメロが来て、中間部が来て盛り上がって終わる、みたいな。そういう曲の流れを決めて譜面に書いて指示するんです。
私はこの二つのことをやっているので、カッコいい言い方をすると「ディレクター」という感じになると思います。ですので作曲家ではありません。作曲は音楽家がやっていますので。もし曲が良いのだとすると、それは音楽家の腕が良いということになりますね。余談はこれまでにして、そろそろ本題に入りましょうか。
三人の音楽家
私が作曲を委嘱している音楽家は今のところ3人います。それぞれ個性も経歴も音楽性もバラバラです。あまり学歴は関係無いのですが、名前は伏せますが、3人ともがいずれも日本で指折りの音大を卒業した人たちばかりです。ですから音楽の技術に関しては、全く文句の付けようのない力量を備えた人たちばかりですね。私は技術に関しては彼らに一任しているので、それについては全くノータッチなんです。だから曲に意味が無いと言っている譜面を見た楽士たちは、一体何を言っているんだろうといつも首を傾げてしまうんですね、私は。それはさて置き、
先ずはこの曲を作曲してくれた人について書きます。
この人は私よりも年嵩のベテランの音楽家です。高名な作曲家(名前を出せばだれでも知っている人)たちに師事している人で、私の印象ではバリバリのクラシック音楽を作曲する人というイメージです。この曲を聴いて頂ければ分かりますが、細部に亘って実に細かい音の動きが巧みに表現されていると思います。この曲は「水」が一つのキーワードになっていますので、音でどのように水を表現するのか、その辺りの工夫が上手くなされていると感じています。この方は吹奏楽のアレンジもされていることから、ポップスにも通じておられますので、そうした柔らかさもこの曲に活かされていると思います。
2人目はこの曲を作曲してくれた人です。
この曲を作曲してくれた人は若い音楽家です。クラシック音楽は学校で基礎的に習っていたようですが、本人曰く、モーツァルトのピアノ曲を演奏することには特に苦労したそうです。そんなこともあってか、大学ではジャズやポップスを専攻したようで、この曲にもそうした色合いが反映されていると思います。私がこの曲のために作った旋律は2つで、最初に出てくるAとBだけです。中間部は彼の「作曲」になります。子供が見ている夢の部分なので、ちょっとアップテンポに変わります。中々粋な旋律を聴かせます。
私の作るモティーフは大好きなモーツァルトの影響を受けているので、古典的な物なんですが、それをこの音楽家が触ると、大人の雰囲気を感じるようなお洒落な感じに様変わりします。こういうことが「合作」の面白さなんです。
3人目はこの曲を作曲した人です。
まるで遊園地のジェットコースターのように、上がっては下がり、下がっては登り。音の動きが大変面白い曲です。私はこれがこの人の一つの特長だと思っています。因みにこの音楽家は若い女性です。女流作曲家というと、私は菅野よう子さんを思い浮かべるんですが、彼女も菅野さん同様、楽しい音の使い方をする人だなあと思っています。大学ではクラシック音楽を学んだそうですが、多作家で色んなジャンルの音楽を手掛けています。ご当地ヒーロー物の曲なんかも書いている面白い人です。最初は過去に制作したピアノ曲のオーケストラアレンジをお願いしていました。原曲と聴き比べて見てください。それぞれの良さがあって面白いですので。
どうです。面白いでしょ。最初に紹介した音楽家が原曲を作り、この女流作曲家が管弦楽にアレンジしています。たくさんの楽器を使うことで、原曲の旨味を最大限引き出していると思います。
何曲かアレンジしてもらっているうちに、この人は音楽家としてかなり優れているなと感じたので、じゃあ、作曲してもらったら良いんじゃないかと思ったわけです。そこで私はこの人に一つの「難題」を吹っかけました。私の作曲する主題を基にして、クラシック音楽の歴史を知ってもらう変奏曲を作曲して欲しいというものです。これは中々ハードな依頼だと思います。変奏曲を作ること自体が難しいですし、さらに色んな作曲家の作風を混ぜ込まないといけない。2つの縛りのある風変わりな変奏曲ですから。素人ならではの発想ですね。プロはこんなヘンテコな変奏曲をそもそも作ろうとは思わないですね。他人の作風を真似るなんてとんでもないですし、わざわざ作るのですから、自分の作風で作りたいですよね。私はエンターテイメント性のある音楽を制作したいと常に考えているので、こういうトリッキーな曲も欲しいんです。中々難しい依頼でしたが、彼女は快諾してくれました。そうして出来たのが「セピア色の諧謔」という変奏曲です。この動画を参照ください。
実はこの変奏にはガーシュウィン変奏の後に9番目の変奏があるんですが、それは演奏会でのお楽しみということになっています。今度4月に初演されるんです。その時は最後の9曲目も演奏しますけどね。でもこの曲を生演奏するというのは中々の度胸と技量が必要だと思います。だって1分も経たないうちに次々と音楽の情景が変わって行くんですから、気持ちの切り替えが大変だと思いますね。
彼女は私の依頼について「面白い仕事」だったと回想してくれました。プロの音楽家に面白いと言われるとは随分と光栄なことです。
音楽の「多様」を愉しむ
私はディレクターという立場ですので、音楽家にモティーフを提供して曲を作ってもらう立場にいます。言ってみれば高い塔のてっぺんに登って、きれいな景色を見ているようなものです。自分が見たいと思うような綺麗な景色になるように持って行くのが、私の役割なんです。そして個性や音楽性の異なる音楽家に委嘱する。誰にどのモティーフを託したらより良い響きになるのか、その辺を考えることも大切です。出来上がった音楽は、作家の個性の光るものばかり。仮に同じモティーフを使ったとしても、全然違う物が出来る。その違いを愉しむ。音楽の「多様」を愉しむわけですね。作り手が違うから違う物が出来る。音楽は理屈で出来ている筈なのに、人が変われば違う物が出来る。不思議です。
違うから楽しい。違うことはダメじゃない。音楽に限らず、この世の物はそういう物だと私は思います。
つづく