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石井輝男監督「黄線地帯 イエローライン」~あの時代の猥雑さがロケとセットで見事に融合!~
「白線秘密地帯」「黒線地帯」「黄線地帯」そして「セクシー地帯」、石井輝男監督が、初期新東宝時代に制作した、1958年売春防止法施行後の闇売春組織を舞台にした、いわゆる「ラインシリーズ」を一気に観た!
よく言われている通り、当時の世相風俗を上手く切り取っている。
まぁ、予告編では「セミドキュメンタリー」などと謳っているが、どちらかというと、完全「リアリティ」ではなく、英米のフィルムノワールの影響を受け、実際の東京、横浜の街角でのロケを多用しながらも、「無国籍」感を出し、事実とそれほど遠くないながらも、全く架空のストーリーを描き、短時間の映画に、スタイリッシュかつコンパクトに仕上げてある。
最も力が入っていて、カラーでもあり、見応えあるのが、「黄線地帯 イエローライン」だと思うのだが、
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ずっと観たいなー、と思いながらも、二の足を踏んでいた、ボクの石井輝男監督作品への印象も含め、少し書いてみたい。
石井輝男作品との出会い
石井輝男監督の代表作といえば、何と言っても1965年「網走番外地」だと思うが、ボクの場合、ものごころついて、単館系映画を見始めるようになったころ、そしてちょうど、1990年代後半のいわゆる「サブカル系」アンダーグラウンドブームに乗って「ガロ」の漫画から、伝説だったつげ義春さんの漫画を知った頃、ちょうどタイムリーに1993年「ゲンセンカン主人」、1998年「ねじ式」を石井輝男さんが監督して映画化された。
それが、ボクの石井輝男監督作品との出会いだった。
どちらも、タイトルになった作品だけではなく、つげ義春さんマンガ何作品化をまとめ、奇抜な演出も使いながら、その雰囲気を余すところなく表現されている傑作だと思った。
そして、その後発表されたのが、1999年「地獄」である!
まだ、衝撃的だった地下鉄サリン事件の記憶も生々しい頃、その教祖麻原や、和歌山カレー事件の林真須美をモデルとした出演者が地獄に集まり、閻魔様の責めを受けるのは、「社会的」でもあったが、それよりも、エロ・グロ・ナンセンスと、陳腐さ、チープさも入り混じった監督の演出はあまりに衝撃的で、突き抜け過ぎていて笑うしかなかった。
そんな1990年代以降、晩年の石井輝男監督については、「奇才」という評がぴったりであると考えていた。
そんな石井輝男監督作品との出会いからしばらく経って、「網走番外地」を観たのだが、高倉健さんのハッキリしない演技(健さんファンごめんなさい・・・)も含めて、ボクには全くピンとこなかったのだ。。。
実は既にこの頃、「仁義なき戦い」シリーズや「県警対組織暴力」をはじめとする深作欣二監督作品にどっぷりハマった後だったのが、良くなかった!?
その「やくざ映画」の延長戦カテゴリーとして、観てしまった!?
しかも、「網走番外地」があまりに「名作」として周囲の評価も高かったので、ボクの期待値も高まりすぎていたのだと思う。。。
まぁ、ここでは、「網走番外地」の感想を長々書いても仕方ないし、もしかしたら、今、もう一度観たら、新たな魅力が発見できるのかもしれないが、とにかく、「奇才」石井輝男監督が、何だか地味な映画撮ったんだなぁ・・・としか思えなかったのだ。。。
その後、いろいろ調べると、石井輝男監督は1960年代後半からの東映エロ・グロ路線で、「徳川女系図」や「明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史」さらに「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」では、ボクも非常に好きな舞踏家土方巽さんを撮ったりしているので、今思うと観てみたい。
しかし、「網走番外地」を観て以降、「“奇才”の印象だった石井輝男監督の、昔の作品は地味だった・・・」というボクの勝手な固定概念が植え付けられてしまい、その後、何となく石井輝男監督作品を観ないままでいたのだった。。。
三原葉子さんの魔力!?
前置きが長くなったが、ちょうど先日、結果として全く毛色の違う作品なのだが、浦山桐郎監督1962年日活作品「キューポラのある街」を観て、
ちょうど同時代で、以前から気になっていた作品を観てみよう!と思って、(あと、正直なところ、amazonプライムで視聴できる期限もあって・・・)この1960年新東宝作品「黄線地帯 イエローライン」を観てみたのだが・・・「キューポラのある街」とあまりに系統が違い過ぎる映画で、この書いているボクのnoteの方向性が定まらなくて、読んでいただいているみなさまに、ホント申し訳ないです!!!
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三原葉子さん演じる、エミが登場した時、最初は面くらった。
なんじゃ!?このブリッコ演技!!??
後でわかったのだが、三原葉子さんは、いつも、この三原葉子さんなのだ!
ラインシリーズのヒロイン三原葉子さんは、全作品ほぼ同じキャラである。
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・・・まぁ、好みはそれぞれだろうから、何とも言えないのだが、美人ではあるが、万人ウケする美人ではない。
ちなみに、ボクにとって、顔は全く好みではない。
この映画の冒頭では、全く衣装の露出も無い。
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しかし、観ていくうちにわかってくるのだが、監督が狙った演出なのか、三原葉子さんの天然キャラなのか、このブリッコ演技の裏には、この時代をしたたかに、たくましく生きる「強さ」が隠されているのである。
ブリッコだが、決して、お馬鹿ではない。むしろ、賢い。
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自分を逃走に利用しようとした、殺し屋の天知茂さんを巧みに自分に引き寄せ、自分の身を守る。
天知茂さんの身の上話を聞き、プラトニックな関係を守ったことを誉め、次第に天知茂さんの殺し屋は、三原葉子さんに惹かれていく。
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しかし、最終盤、彼女は自分の身も顧みず、殺し屋天知茂さんが復讐の殺しを果たした瞬間、「キライ!!キライよ!!」と、彼を厳しく𠮟りつける。
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しかし、後ろの三条魔子さんの方が、ボクは好みですw
観ているうちに、天知茂さんの殺し屋が感じたように、観ているボクらも、健気に、そして巧みに、自己主張する、三原葉子さんのそこはかとない強さに、何故か惹かれてしまう。そうすると、きっと、ブリッコ演技もかわいく見えてきてしまう!
正に三原葉子さんの魔力である!!??
横浜で撮影された「神戸」
「セミドキュメンタリー」と銘打っておきながら、舞台となる港町「神戸」は、同じ港町の横浜でロケ撮影されている。
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新幹線も無かった当時、限られた予算の中で、実際に神戸でロケをするのは難しかったんだろうと想像される。
舞台「神戸」の背景として、当時では、何気ない港湾倉庫の一つとして撮影されたと思われる、横浜赤レンガ倉庫が、現代まで残って、横浜を象徴する建造物になるとは当時思いもよらなかったのだろう。
前作「黒線地帯」では、正真正銘、横浜を舞台として、横浜ロケを遂行していたので、石井輝男監督撮影班が、横浜の方が、勝手がわかっていたというのもあったのかもしれない。
航空機発達前、海運全盛期ともいえる時代の横浜港の様子をカラーで見ることができるのも、ある意味大変貴重である。
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右に見えるのは横浜税関の塔かな?
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赤レンガ倉庫との位置関係から、現在の象の鼻パーク辺りと思われる。
新幹線もまだ無い時代、天知茂さんと三原葉子さんは、座席夜行急行「銀河」で神戸まで旅をする。
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ちなみに、2008年まで残っていた、急行「銀河」の運転区間は東京~大阪間だったので、一瞬「あれ?」と思ったのだが、1949年の急行「銀河」登場時は東京~大阪間だったものの、1950年には東京~神戸間に延長、その後、1965年からは、東京~姫路間まで延長、1972年の新幹線岡山開業時、東京~大阪間に短縮されたのであった。
港に寄港した外国船に、日本土産を売りに行き、ついでに女の子まで売ってしまう「沖売り稼業」、
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派手な流行の洋服と、売りつけるお土産の荷物を入れた、古風な風呂敷包みのコントラストが、リアルである。
何気なく挿入されたシーンが、たくましくもあり、悲しくもある、当時の日本のリアルな姿を捉えている。
そして、男の子なら大好き!?な、重機の登場!
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おそらく、当時山下ふ頭方面に拡張工事中だった横浜港に、実際にたくさん作業していたであろう、浚渫(しゅんせつ)船である!
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麻薬の取引にも、人を海に沈めるのにも大活躍!?
やくざの脅しのセリフ「東京湾に(あるいは横浜港に)沈めちゃる!」はいつごろから使われるようになったのでしょう。。。
戦後、港湾地帯の近代化が本格化し、機械化間もない時代の、「港に沈める」パイオニア的描写として、黒く巨大なクラブ式浚渫船を使った描写は、当時かなりリアルかつ、恐怖の描写なのではないでしょうか?
ラストシーンも、恐らく、横浜近辺(山下ふ頭、本牧辺り?)の埋立造成工事現場だろうか?
荒涼とした風景に、真っ赤なワンピースが映えます!
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自由かつ、巧みに創作された「カスバ」の舞台セット
新東宝美術部が、総力を挙げて制作した「カスバ」のセット。
実際に神戸に「カスバ」と呼ばれた地域があったのかと、調べてみたが、これは全く空想の創作のようだ。
実際にアルジェのカスバを舞台にした、1937年のジャン・ギャバン主演の映画「望郷」の影響を受けていると言われている。
神戸の旧花街、赤線、青線のあった「〇〇新地」といった場所に、似た地域が無かったのか調べてみたが、あまり見当たらない。
ボクが知っている、近い雰囲気で言えば、新宿のゴールデン街や、少し前の横浜黄金町辺りだろうか。
しかし、1995年の阪神淡路大震災前の神戸を知っているボクとしては、三ノ宮から元町、神戸に至る、高架下店舗の怪しい雰囲気や、港から線路を挟んだ北側に六甲山地が迫る起伏にとんだ街並みを思い出して、もしかしたら、神戸に実際に「カスバ」のような地域があったのかな、とも思ってしまう。
当時日活で制作された「無国籍アクション映画」の影響もあるのかもしれないが、この「黄線地帯」の微妙に日本の貧民窟や繁華街の雰囲気もあるセットは、かなり巧妙に考えられた、秀逸なものであると思う。
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天知茂さんも、三原葉子さんも、それを追いかけてきた、新聞記者で三原葉子さんの恋人役、吉田輝雄さんも、この「カスバ」の路地を、行きつ戻りつ、目まぐるしく動き回る。
もちろんカメラのトリックもあるのだろうが、このカメラワークを意識した、見事な舞台セット!!
恐らく、実際の大きさ以上に、この「カスバ」が広がっているように見せることに成功している。
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またこの、天地茂さんと三原葉子さんの泊まる安宿の天井の低さ!!
この使い古された感たっぷりのエイジング美術!!
そして、この安宿の「マダム」と、
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洋モク売りのおばさんの「魔女」っぷり!!
この辺りまで観て、ふと思ったのは、この映画は、ある意味「秀逸なドイツメルヒェンの舞台を日本に落とし込んだ作品」とも観れるのかと感じた。
この無国籍な「カスバ」を舞台に、多少は(いや、かなり?)誇張されているとは思うが、この当時の猥雑な歓楽街の世相風俗を、濃縮して、見事に再現していることに、天晴!である!!
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金、地位、名誉、権力に溺れる人類普遍の欲望
そして、警察から逃げる殺し屋天知茂さんと、三原葉子さん、吉田輝雄さん、そして、真の黒幕、天知茂さんを騙した慈善事業家のふりをした極悪人一味が、神戸の秘密クラブに集結!
ここで、この映画最大のセクシーシーン!
エキゾチックな三原葉子さんのダンス!
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後半の追跡劇は、「カスバ」とは対照的な黒幕慈善事業家の山の手にある豪邸に向けて、車を走らせる。
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殺し屋天知茂さんは、世間を騙し、悪事を働いていた慈善事業家一味に復讐を果たす!
「名誉、地位、権力、そして、札束という弾丸!!」
殺し屋が、真の黒幕に復讐するという、石井輝男監督のラインシリーズの中で、最も複雑なストーリーに落とし込んでいると思う。
そして、50年以上前にロケと舞台セットを駆使して、深く切り込んで描いた歪んだ社会構造は、人間の根幹的な欲望に関わる、不変の真理であると感じる。
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最初は、一見稚拙なストーリー構成と演出の映画かと思ったが、「カスバ」の「メルヒェン」感も相まって、伏線が多重に張られた無駄のない脚本構成と、三原葉子さんのオーバーリアクションブリっ子演技も、この舞台ならではの巧みな演出に見えてくる!
まぁ、前回書いた「キューポラのある街」もそうなのですが、この時代の約90分前後の尺にギュッと凝縮された映画って、やはりステキな魅力があるように思います!
十分ネタバレしていますが、ラストの天地茂さんの煩悶も、とても納得いく仕上がり!!
「カスバ」の舞台セットだけでも、観る価値は十分にあり!!
当時の石井輝男監督と、新東宝制作陣の、この「黄線地帯」への力の入れ具合が十分伝わってくる、名画だと思います!
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今回はこの辺りで!!
「白線秘密地帯」「黒線地帯」「セクシーライン」についても、書くかもしれません!!
(力尽きたので、書かないかもしれませんw)