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いぬとさよならした話
18年前の冬、私は犬を買ってきた。子供の頃から憧れつつも禁止されていたペットを、大人になってようやく両親から許可が出て、初めてのボーナスの10万円で、私は柴犬を買った。
段ボールに入れられて、犬はブリーダーさんから渡された。不安になるくらい軽かった。車を運転しながら家に向かう途中、鳴き声一つしない段ボールに、本当に犬が入っているのか信じられない気分だった。彼女に初めて会ったのは生後一か月の時で、ちょうどタバコの箱と同じ大きさだった。
家族会議の末に小春と命名された犬はその後、8キロまですくすくと育ち、私のGINZAのパンプスを噛んでおもちゃにしたり、脱走して捕まったり、雷に怯えて母の手を噛んだり、机の上に置いてあったお弁当を盗み食いしつつ、楽しく過ごした。その間に私は結婚して家を出たが、小春は会うたびに大喜びしてくれ、私の部屋に入りたがり、夜は一緒に眠った。
その犬が死んだ。2025年1月2日15時頃だった。その年末、私が帰省した時は、小春は老いたなりに元気だった。人間に補助してもらわないと歩けないくせに、目が覚めている間は歩きたがった。散歩の気分を味わい、人間に手でご飯を食べさせてもらい、水を飲ませてもらい、おむつを替えてもらい、認知症で昼夜の区別なく騒ぎつつ、それでも可愛がられながら、小春は生きていた。もはや、シフトを組んだ介護生活だった。両親は細切れ睡眠で疲れていて、母は蕁麻疹が出ていた。正直、犬の介護がこんなに大変だと思わなかった。人間ならば、介護施設に預けたりも出来るけれど、犬はそういうわけにもいかず、ここ2年ほどは仕事の合間を見て私もなるべく帰省して、介護シフトに入るようにしていた。
2024年12月31日の昼に、急に小春の後ろ脚が立たなくなった。力が抜けたようになり、本当の寝たきりになった。同時に何かの要求吠えが始まり、今までの鳴き方とは違うため、不安になって、かかりつけ医に電話してしまった。業務時間外なのに電話に出てくれた先生は、「ご飯は食べてますか?」と聞いた。もりもりと晩御飯を食べたので、はいと答えたところ、「痛かったらご飯は食べられないから、痛くはないはずだけど、痛み止めか睡眠薬を注射で打つこともできる。ただ注射は強いので、心臓が止まる危険があるため、錠剤の睡眠薬を飲ませるのが良いと思う」との話だった。もう犬は老い過ぎて、治療のしようもないことを、私たちは理解していたので、処方されていた睡眠薬を多めに飲ませて夜を過ごすことにした。
それから丸一日、小春は寝続けた。少し目覚めた時に水を飲まそうとするけど、飲んでくれなかった。その間にうんちとおしっこがすべて体から出てしまうと、下血が始まった。1月1日の夕方、はっきりと目覚めたけれど、やはり水も飲もうとしなかった。まるで最期の準備をしてるみたいだった。どこかの臓器がだめになってしまったのだろうと予想したけれども、病院に連れて行ったとしても、もう何もすることが出来ないだろう。見守ろうと決めて、みんなでリビングにてお正月番組を見ながら過ごした。吠える体力もなくなったのか、クウ…というような苦し気な声を出すのが聞いていてつらかった。ただ撫でて、声をかけるしか出来なかった。近年は耳が遠くなって、声も聞こえていないようだったけれど、この声だけは届けばいいと、声をかけ続けた。
1月2日の未明、母が呼ぶ声で浅い眠りから目が覚めた。母と父が泣きながら、小春の心臓が止まったと言うから、慌ててそばに寄ると、それは大嘘でちゃんと呼吸をしていた。驚かせるなよ!と思いつつも、様子は確かにおかしい。呼吸は浅く、はぁはぁと苦しそうだった。まだ下血は続いていた。
そしてその日の昼過ぎ、私の膝の上で眠っていた小春が、痙攣し始めた。両親と私とで必死に名前を呼んだら、一旦持ち直したように見えたが、その一時間後、ゆっくりと呼吸が止まった。
私たちはまだ全然、心の準備が出来ていなかった。近々別れが来るのは分かっていたし、小春がいなくなったらゆっくり眠れるな~と思いつつ、そんな日が実際に来る覚悟が全く出来ていなかったことに、小春が逝ってしまってから気が付いた。
死んでしまっても、毛並みはふかふかで、小春は可愛かった。ただ眠っているだけみたいで、もう動かないなんて信じられなかった。お気に入りだったベッドに寝かせ、玄関に飾ってあったお正月用の生け花を引き抜いて、小春の周りに飾った。ますます可愛くて、バラの花の香りがして、見ているだけでとめどなく涙が流れて止まらなかった。
火葬するまでに腐ってしまったら嫌だから、涼しい部屋に移動しようという私の意見は、家族の顔が見えない場所だとかわいそうという母の意見で却下され、折衷案で体の下に保冷剤を入れることになった。冷たいけどごめんね、と思いながら保冷剤を敷いた。
唐突に火葬という問題が現れた。ある動物霊園にお世話になることを決めてはいたけど、果たしてお正月に対応してくれるのだろうか?とりあえず電話をしてみることにした。電話にはおばあちゃんが出て、本当は休みの期間なのだけど、問い合わせが多いから明日から営業することになったとのことで、1月3日13:30に予約をした。
火葬の日、小春を車に乗せて、最後のドライブをした。18年前のあの日、小春を渡してくれたブリーダーの方に、挨拶に行くことになった。生後二カ月で家に来たくせに、小春は赤ちゃんの頃お世話をしてくれたその人のことをずっと覚えていて、会いにいくとめちゃめちゃ喜んだものだった。よくがんばったね、と彼に頭を撫でてもらってお別れをした。振れるものなら尻尾を振っていたと思う。小春のお母さんが産んだ子供の中で、一番長生きだったと言われ、誇らしくなった。
初めて来た動物霊園は、賑わっていた。私たちのように火葬に来た人、ペットのお墓参りに来た人々、どの人たちからもペットへの深い愛情を感じられて、良い場所だなと思った。
棺(ていうか段ボール)に入れられるものは限られていて、体とお花、天国で食べるおやつとフードのみだった。朝にあちこち探し回って買ってきた沢山のお花で、小春の体を飾りながら、楽しかったね、また会おうね、と言い合った。スタッフの人は慣れているのか、時間をかけてお花を飾っていく私を、何も言わず見守ってくれた。
そしてすぐ燃やしてしまうのかと思いきや、次に通された小さな部屋には祭壇があった。人間の葬儀の祭壇のミニマム版で、犬用チュールが束になって祀られていた。自宅から持参した写真を遺影として置き、5分ほどお坊さんが経をあげてくれ、焼香までした。
そして奥の扉を開けると、そこは焼き場だった。本当の、最後のお別れをした。口元に死に水を含ませようとしたら、母が「小春はヤギミルクが好きだったので、水じゃなくてヤギミルクにしてもいいですか?」と言い出し、急遽「死にミルク」になった。まだこんなにふわふわなのに、焼いちゃうのだなと思いつつ、何故か心は落ち着いていた。犬の葬儀を人間みたいに行うことに賛否はあるだろうが、私の場合は、手順通りに葬儀を行うことで、心を整理することが出来たと思う。葬儀は残された人のものなのだとしみじみと感じた。
小春が焼きあがるまで40分かかった。白くて小さい骨になって出てきた小春を見て、こんなに小さくなっちゃって!と口々に言い合いながら、私たちは泣いた。ほとんどの骨は、共同墓地に入れて、土に還してもらうことにしたけれど、少しだけ持って帰るために、手のひらサイズの骨壺を準備していた。お城めぐりが趣味の父に付き合い、小春は46都道府県を巡った犬だったが、一か所だけ行けていない場所があり、最後にそこにお骨を連れて行こうということになっていた。みんなで沖縄行こうね、小春。きれいに残った犬歯の骨を、私は拾って骨壺に入れた。
1つだけ、ものすごく後悔していることがある。10年ほど前の春、広島に家族旅行で行った時のことだ。厳島神社で引き潮を待ち、赤い大鳥居の下で写真を撮ろうということになった。水が引いたばかりの海面はドロドロで、着替えを持っていなかった私は慎重に歩いていたのだが、テンションの上がった小春が、前足で私の太ももに乗って来たのだ。やめてー!と私は咄嗟に小春の前足を払いのけた。買ったばかりの白いパンツに、泥の肉球スタンプをつけられたら、それで2日過ごさなければならないと思ったからだ。小春は素直に前足を下ろして、それ以降私の太ももに乗らなくなった。
でもあの時、小春は、ただ楽しくて嬉しくて、私とアイコンタクト取りたかっただけなのだ。肉球スタンプなんて、なんてことなかったのに。近い距離で見つめあって、楽しいね!と笑い合えれば、それだけで良かったはずなのに。
でも小春は、もうそんなこと覚えちゃいないだろうなと思うのだ。ただ、家族のことが大好き!という思いだけで、天国に行った気がする。この後悔を母に話したら、自分は寝不足で小春のお世話をしている時に、「小春がいなかったら、ゆっくり寝られるのに」と本犬に言ってしまった、寝れなくてもいいからもっと一緒にいたいのに、と言って泣いていた。このことも、やっぱり小春は気にしていない気がする。
今、小春はリビングの特等席で、お花とおもちゃとチュールに囲まれて、毎日お水を供えられている。お骨になっても、不思議と骨壺まで可愛く見えるのだから、私も現金なものだ。
あっという間だった18年を思う。会えなくなってから時間が経っても、会いたいという気持ちが正直消えない。ずっと会いたいまま、生きていくんだろうなぁと思っている。あと何故か、呼びかけたら答えてくれそうな気がしてしまい、たまに心でこっそり呼んでいる。外に出る時は、一緒にお出かけしているような、そんな気持ちになりながら、小春の欠けた日々を過ごしている。
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