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2020年を終えるにあたって。

昨日もう今年は文章を書かないと昨日決めたのにまた書いています(笑)それはいいとして。
昨年までは今や生きた化石と化しているmixiにてまとめていたのですが、今年はこのような形をとりたいと思います。


2020年の始まりは演劇だった


2020年のあたしは、劇団「少年社中」の「モマの火星探検記」という舞台の観劇を繰り返すところから始まりました。本当に凄い舞台で劇場に何度も通いました。舞台の冒頭、「空と宇宙の境目ってどこにあるの?どこまでいったら宇宙になるのかなって思って」2人の主人公のうちの1人、「ユーリ」と言う女の子が「おじさん」にそう問います。最終的に、最後にその答えが示されます。

「結論から言おう。ユーリ、お前が立ってるその場所も宇宙の一部なんだよ。おじさんも、ユーリも、この星も、何万光年先の名もない恒星も、みんな一つに繋がってる。それが、宇宙なんだ。目を閉じて想像してごらん。宇宙はお前のものだ。」


あたしはこの舞台を観てこう確信しました。


「人と人も、人とこの世界、宇宙で起こる全ての事象も、自分の過去も今も未来も、一つに繋がっている。」

その「モマの火星探検記」の東京公演千秋楽を終えて帰宅したあと、「恋つば」に出会いました。


「恋つば」との出会い


「恋つば」とは2人組の男性youtuberです。何があたしに響いたのかはよくわからない、でもその日までに公開されていた動画など全て観ました。
あたしは熱しにくく冷めにくい性格で、なかなか新しい世界の扉を叩こうとしません。
でも一度その沼に足を踏み入れてしまうと、抜けなれなくなる性格です。
事実、あたしは「恋つば」に足を踏み入れてしまった、れんくんとつばさくんという2人の虜になっていきました。
最初は結構気軽な気持ちで動画を観ていました。
ですが、時が経つにつれ、この2人が何か並々ならぬものを持っているということがわかってきました。
そこら辺のことは、昨日noteに投稿したエッセイや、今までのあたしのエッセイなどを読んで頂けると、あたしの考えがわかるかもしれません。
「恋つば」は二次創作を公式が認めている珍しいケースでした。
あたしは過去に他ジャンルで二次創作をしていたこともあり、「恋つば」の二次創作(SSを書くこと)に足を踏み入れました。ただこの執筆は、あたしが考えていた以上に大変なものでした。
そして、今年は新型コロナウイルスの脅威が世界を襲いました。
あたしの生きる糧であるライブや舞台、全て中止、延期になりました。「恋つば」が心の拠り所でした。
年末になるにつれ、対策をして公演されるもの多くなってきましたが、役者さん、ミュージシャンの方にとってはとても大変な1年だったと思います。
「恋つば」は6ヶ月程度の活動をもって、活動を停止しました。ここら辺の話については割愛します。
あたしにまた何となく普通の日常が数ヶ月、戻ってきました。
平凡な日々がこれほどつまらないと思うことは、今まで感じたことのないものでした。
10月くらいに、「恋つば」のれんくんとつばさくんが少しずつ個人で動き始めました。
その時は、お互いが共に道を歩いていないことに、寂しい想いもありました。
でも今考えると、あの時。本当にれんくんとつばさくんは同じ道を歩いていなかったのでしょうか。
あまりTwitterとかには書いてこなかったですが、あたしはとにかく色々な可能性を考えていました。
本当にあの時2人に「恋つば」を終わらせる意思があったのか、それすら疑問に感じていました。


「繋がっているのではないか。れんくんとつばさくんも、あの辛い時も、今も、全て。」


Hitomiさんの「血肉」について

しかし、何もあたしの全ては「恋つば」だけではありません。好きな役者さん、ミュージシャン、バンド、色々好きな方がいます。その中の一人に、Hitomiさんという方がいます。(女性じゃないよ、モデルさんじゃない(笑))その方との出会いと言ってもステージの上と下ですが、は、恐らく中学卒業か高校入学あたりです。当時別のバンドが好きな友達によくライブに連れて行ってもらっていて、そのライブの出演バンドのボーカリストとして舞台に立っていたのが彼です。熱しにくいはずのあたしは、すぐ彼に夢中になりました。ライブの際の入待ち、出待ち、禁止されているライブハウス以外はほぼしていました。彼らはライブ後、そういう時間を取ってくれるバンドでした。まず名前を覚えてもらうところから始めました。手紙も書き、インストアイベント、ライブ、全国を飛び回っていました。鈍行で東京から大阪まで旅、夜行バスで往復、そこまで彼に執着しました。そのわけは、ただ彼がかっこよかった、綺麗だった、美しかった、歌が好きだった、だけというわけではありません。彼の書く、「歌詞」「文章」そう言うものがあたしを掻き立てていました。当時10代だった彼も、今40歳を超えました。もちろんあたしもそれと同じだけ年を重ねました。それでも彼の表現があたしをとらえて離さない理由は今もよくわかりません。彼の表現は年を重ねて逆に鋭利になったように思います。コロナ禍で対面でのインストアイベントが開けなくなりましたが、そのおかげで彼とZOOMで少しゆっくり話をする機会が何回かありました。彼もあたしと同じように、表現には心身を削られると言っていました。やはりそうなのか、あれは彼の天才が生み出している物でなく、彼の血肉なんだと改めて思いました。彼の組んでいるユニット「雨や雨」は何度か配信ライブという形で音楽を届けてくれました。音源も作ってくれました。「ウミユリ」のライブは緊急事態宣言が明けた後、対策をした上ですが何回か有観客で公演されました。「ウミユリ」では、「君に明日を」というこのコロナ禍でのHitomiさんの想いを込めた新曲が披露されました。この曲は音源化して欲しい、歌詞カードでしっかり彼の叫びを感じたい、そう思っています。そして、こんなコロナ禍の大変な時に、あたし達ファンに常に音楽を届けようとしてくれたこと、感謝しかありません。Hitomiさんにはよくあたしはこう言います。

「しわしわのおじいさんになっても歌ってて、あたしもしわしわのおばあさんになっても会いに行く。」

本当にそんな気持ちです。早くコロナが落ち着いて、普通にライブが開催できるように、来年はどうかそうなるように、願わずにはいられません。


「欅坂46」と平手友梨奈、そして「櫻坂46」への遷移

今年はあたしの好きなアイドルグループに転機が訪れた年でもありました。あたしは、彼女しか見えていなかった。平手友梨奈さんのことです。彼女は欅坂46で常にセンターの位置を任されてきました。それほど、彼女は凄い逸材だった。でもそれは、彼女の望みではなかった。彼女は2020年の1月、欅坂46と襟を分かちました。彼女はその「望み」でなかったことを後に自身のオリジナル曲でこう歌います。


「誰かがいてくれたら普通でいられた 誰もいなかったから仕方なく踊るしかなかったんだ」


彼女に夢中過ぎて、あたしは彼女の苦しみがそこまでだったことに気づかなかった、それはとても後悔していることです。彼女は女優、モデルなどとして今主に活動していますが、今後アーティストとしても活動していくのではないかと思います。彼女はまだ19歳です。本当の伝説はこれから。彼女のこれからが楽しみでなりません。
そして彼女が脱退した欅坂46は、グループ名を変え、「櫻坂46」として新たなスタートを切りました。平手友梨奈に全てを頼ってしまった、彼女なしでは成立しないグループに「欅坂46」をしてしまった、その後悔と自由への渇望と絆を胸に、彼女たちは歩んでいきます。その姿を見守りたいと思っています。


最後に


本年はやはり「恋つば」のファンの方に凄くお世話になった年でした。
あたしはあまりTwitterで交流したりすることはしてこなかったと思います。でも、交流したくないわけでなく、正直どうしたらいいかわからないだけです。とっつきにくいツイートばかりしているのはわかっています。だから、リプとかDMとかはとても嬉しいです。特に二次創作やエッセイの感想などは、本当に嬉しく、ありがたかったです。ありがとうございました。
2021年は元旦からかなりあたしの中に嵐が吹き荒れそうです。暖かい風なのか、冷たい雨風なのかは、今これを書いている時点ではわかりません。

全ての、どのような形でもあたしを愛して下さった皆様、本年はお世話になりました。
ただただ2021年があたしを一度でも想って下さった方にとって良い年になるように祈っています。


そう、全て繋がっているのです。全て。


       2020年12月31日 櫻ハナ-sakurahana-/Hana/月希-tsuki-/

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