君だけが… 第1話
最近、自分の部屋に帰るのが辛いのでついついバイトのシフトを入れてしまう。
今日も、大学の帰りに先輩からシフト代わってくれないか?と頼まれたので有り難くバイト先に向かう私。
森咲葵は、地方の国立大に通う平凡な女子大生である。
輸入業を営む両親は海外を飛び回っていて殆ど地元にいる事はないので、実家でほぼ一人暮らしのような生活をしていたが、祖母を引き取るついでにリフォームする事になり、現在は近くのマンションに住んでいる。
その仮住いの部屋に葵が帰りたくない理由は‥
同棲している彼と上手くいっていないからだ。
同棲というか‥同居だよね?最近じゃ、私と付き合ってるのかもあやしい位だし‥
ハァーッ。帰りたくないなぁ。
ブツブツと独り言を呟きながら、カレーの仕込みを始める。
葵のバイト先は、大学の最寄り駅前通りにある珈琲館だ。
学生街にあるせいか、ボリュームのあるメニューが多く中でもカレーは大人気で朝の仕込みだけでは足りない事が多く
夕方に入ると最初にするのは、カレーの仕込みと大量のご飯を炊く事である。
今日は、葵の親友である奏が珈琲の担当らしく喫茶コーナーからよい香りが漂ってくる。
奏が淹れる珈琲は、何か香りが違うんだよね。
気合い入れるのに貰ってこようかな?
カレー用の野菜を刻んで大鍋に入れた葵は、いそいそと喫茶コーナーに向かうのだった。
「奏!おはよう!一杯貰える?」
「葵来てたんやね。おはよう!ミルク入れる?」
奏はブラックが飲めない葵の為にフォームミルクを入れてカフェラテを淹れてくれた。
然り気無く描いたラテアートは葵の大好きな猫だ。
「奏ありがとう。猫可愛い!
後で、カレー味見してよ?」
「いいよー。味見と言わず大盛で頼むわ」
いつも通りマイペースな奏に癒されながら奏の淹れたカフェラテをひとくち。
「やっぱ、美味しい!私が淹れたらこんな味にならないんだよなぁ。何でかな?」
「葵は、珈琲そんなに好きじゃないからじゃないの?葵は、美味しいカレー作れるからいいやん?マスターも最近は、葵が作るカレーが一番って言ってる位だし‥人には向き不向きがあるんだよ。
何でも一番になるのは難しいって!」
奏のくせに‥
いいこと言うなぁと黙って頷きながらカフェラテを飲み干した。
「そうだね。
じゃあ、とびきり美味しいカレー作ってくるわ!今日も完売して早仕舞いしよ!」
「おー!」
ふたりで気合いを入れて笑い合う頃には、さっきまでの心のもやもやは消えていた。
私の部屋なんだから、私が帰れないのおかしいよね。
私は堂々としていよう。
私の部屋で女と会ってるの見つけたら出ていって貰おう。
今まで、ウジウジ悩んでいたのが嘘みたいに気持ちが楽になり
カレー用の肉の塊を包丁でぶった切りながら、「浮気男は成敗してやる!」と吠える葵を見ていたバイト男子は‥
葵さん‥
見た目は、清楚な可愛い系なのに‥こわい‥
女こわい‥と呟いていたらしい。
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