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チャパティ【3】 インド各地のチャパティ

インド食器屋「アジアハンター」の店主・小林真樹さんが、食器買い付けの旅や国内の専門店巡りで出会った美味しい料理、お店、そしてインドの食文化をご紹介します。



前項と矛盾するようだが、インドでは外食店において必ずしも常に豪勢なごちそうだけが求められるわけではない。外食店を普段使いするような層からは、ワズワーンのような豪華で非日常的な宴席料理ではなく、むしろ日常食べているものに近いものが求められる。日本でいうところの定食屋のような存在だ。

農村部のような自宅と働き場が近い「職住近接」の環境であれば昼メシ時に家に帰って食べたりも出来ようが、都市部で働く人たちにとってそれは難しい。単身で働く人ならなおさらだ。そういう理由で、インド各地の大衆食堂では日常食たるチャパティもまた置いているのである。おかず類はともかく、チャパティにだけは家庭性を求める客が多いせいか、男のスタッフが大半を占める厨房内にあって「チャパティ焼き場」だけは女性にまかせている店が少なくない。おばちゃんスタッフの慣れた手つきを見て「ああ、この店は大丈夫そうだな」とインド人客は安心するのである。

大衆食堂の店頭でチャパティを焼く女性スタッフ
大衆食堂の店頭でチャパティを焼く女性スタッフ


そんなチャパティだが、広大なインドでは地域によって味も形状も異なるのが面白い。今回はそんな各地各様のチャパティをご紹介していきたい。

まずラージャスターン。我々日本人が一般的にイメージするチャパティ像に最も忠実なのが、このラージャスターンにおけるチャパティだろう。直径は約20~22cmほど。水と少量の塩を加えたアーターを、捏ねた生地からピンポン玉サイズに取り分け、ベーラン(伸ばし棒)で平たく整形したのち鉄板で焼く。しばらくしたら直火にかけぷっくりと膨らませ、表面にギーをたっぷり塗布していただく。このインド料理の原風景のような光景はやはり家庭的なものだが、ラージャスターン州内の街中に点在する、「ボージャナーレヤ」などと呼ばれる古いタイプの食堂でも食べることが出来る。中には近代的なガス設備を否定して、今も薪や炭火を使ってチャパティを焼き続けている店も少なくない。

ラージャスターンのボージャナーレヤ
ラージャスターンのボージャナーレヤ


続いてアーンドラ。実はラージャスターンあたりで食べられる北インドタイプのチャパティは、アーンドラではフルカーと呼ばれる。フルカーとはヒンディー語で「ぷっくり膨れた」という意味で、例えば北インドタイプのチャパティが鉄板で焼かれ、仕上げに直接火の上に置かれると空気が入って膨らむさまを表す言葉として使われる。だから北インドでは調理過程で「チャパティをフルカーする」などと言われたりするが、これがアーンドラ地方に行くと意味合いが変わり、北インド式のチャパティそのものを指す言葉となる。それとは別に、アーンドラには特有の土着化したチャパティがある。

アーンドラのミールスに置かれたフルカー
アーンドラのミールスに置かれたフルカー(右端)


アーターに水とごく少量の塩を加えるだけの北インド式のチャパティと異なり、アーンドラの土着チャパティにはペルグ(ヨーグルト)や完熟バナナ、油などがたっぷり練り込まれていて、単体で食べてもほんのり甘い味付けとなっている。これにココナッツ・チャトニーを合わせて、ドーサやウタパムと同じように一枚ものの鉄板焼きティファン(軽食)として食べるのだ。形も北インドのきれいな円形とは違い三角形に近い。主食として食べる北インドのチャパティを連想して注文すると面食らうのだが、これはこれで美味しく、土着化して南インドのティファン文化に吸収されたことが読み解けて興味深くもある。

国境を越えた向こうにも、特徴的なチャパティがある。パキスタンではチャパティという名称よりもタワー・ローティーの名で呼ばれることが多い。このタワー・ローティーだが、北インドあたりで食べられている一般的なチャパティの2~3枚分はあろうかという大きさがある。厚さも重みもどっしりしていて食べ応え充分。これでダール・ゴーシュトとかチキン・カラーヒーなどのパキスタン料理をガッツリとはさんで食べ進めていく。

パキスタン式の大きなタワー・ローティー
パキスタン式の大きなタワー・ローティー


インドの大穀倉地帯、パンジャーブ州の中心都市・アムリトサルの名を高らしめているのが「黄金寺院」と呼ばれるスィク教の総本山、ハリマンディル・サーヒブだ。インド国内外から多くの巡礼者、参拝者を集めるこの寺院における目玉の一つが、寺院内部で出される無料の施食=ランガルである。

一日約7万人以上ともいわれる来場者は主本尊である聖典「グル・グラントサーヒブ」をお参りしたのち、ランガル・ホールと呼ばれる巨大な食事場へと向かう。寺院の門をくぐるものは宗教や身分、地位の上下にかかわらず、同じ釜で作ったメシを一列に並んで等しくいただくという共食儀礼は、今なおインド社会に色濃く残るカースト制を否定する、当時としては改革的な実践行為であり、スィク教の教義の中でも最も名高いものとなっている。実際、大勢の巡礼者たちが一斉に食事をするさまは正に宗教的で圧巻というほかない。その料理作りはセワと呼ばれる大勢の無料奉仕の人たちによって成り立っている。

黄金寺院で活躍する電気式のチャパティ・マシーン
黄金寺院で活躍する電気式のチャパティ・マシーン


一日に作る食事の量としては世界最大ともいわれる厨房で出されるチャパティは、セワたちによって手で一枚一枚整形され手焼きされているが、さすがにそれだけだと追い付かないらしく、電気式のチャパティ・マシーンも活躍している。伝統を重んじながら、要所要所で近代的テクノロジーを導入する合理性は躍進する現代インドを象徴するかのようだ。いわずもがなだが、寺院での食事はいくら無料とはいえ、感謝の念を込めていくばくかの喜捨は心したいものである。






小林真樹
インド料理をこよなく愛する元バックパッカーであり、インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。買い付けの旅も含め、インド渡航は数えきれない。商売を通じて国内のインド料理店とも深く関わる。
著作『食べ歩くインド(北・東編/南・西編)』旅行人『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院
アジアハンター
http://www.asiahunter.com

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