放課後の書道室に漂うコロンビアコーヒーの香り
高校1年生の時に初めて淹れたてのコーヒーを飲んだ。
放課後のことだった。
書道の授業中に提出物が完成しなかったため居残りになってしまった。
生徒は私ひとり。先生は控え室にいた。
誰もいない書道室でもくもくと作業した。30分ほどで仕上がった。
一文字で表現しなさいといわれて書いた漢字が『花』と『破』。
ただなんとなく選んだ文字だったけれど、それを見た先生は
「花が破れるなんてねぇ」
と笑った。
さあ帰ろうと思っていたら、何だかいい香りが漂ってきた。
コーヒーを淹れてくれていた。
勧める先生に、コーヒーはあまり好きではないと正直に答えた。
「コロンビアっていう豆なんだよ」
と先生は言った。
「この豆だったら飲みやすいはずだよ」
コロンビアというコーヒー豆があることを初めて知った。
「砂糖をちょっとだけ入れて。初めからミルクは入れないほうがいい」
ミルクを入れずに飲めるかな?なんだか苦そう。そう思った。
だけど、先生の前でミルクは入れにくい。言われたとおりにちょっとだけ
砂糖を入れて、スプーンでよくかき混ぜた。
ちょっと緊張しながらコーヒーカップに口をつけた。
あれ?おいしいよ、これ。
びっくりして振り返った。
でしょ?という表情の先生。
先生ご自慢の逸品だったのかもしれない。
わざわざ淹れてくれた、あの一杯のコロンビアコーヒーは酸味が少なくて
本当に美味しかった。
***
短大生の時にやった最初のバイト先では、手作りドーナツとコーヒー豆を
売った。お勧めの豆は?とお客様に尋ねられたら、迷わずコロンビアを
紹介した。
あの日の放課後から、私はコーヒー党。カフェオレ、カプチーノ、エスプレッソ。いろいろあっても、普通に淹れたコーヒーがなぜか一番しっくりと
くる。ミルクはもちろん、砂糖も入れない。コーヒーそのものを味わいたいと思うから。
ドラえもんのような雰囲気だった書道の先生。書道室の窓から差し込んでいた輝くようなオレンジの夕焼け色と、先生の笑顔と、コロンビアコーヒーの香りがふっと頭に浮かんだ。あの日、もしかしたら部活に行きたくなかった私の気持ちを察してくれていたのかもしれない。
高校生活は悪い思い出ばかりじゃなかったんだ。今になってそう思えた。
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