たとえ世界貧乏だとしても〜生き物たちのご機嫌な世界 Pleasurable Kingdom: Animals And the Nature of Feeling Good
人間以外の生き物には感覚も感情もない、刺激に対して機械的に反応しているだけだと考える人は今ではそう多くないだろう(魚は、とか虫は、という聞き方をすれば別かもしれないが)。しかし、生き物の感情について語られるときには、多くの場合痛みや苦しみが問題になる。様々な生き物が痛いことをされれば痛くてその痛みから逃れようとすることが分かってきたのだから、同じ生き物が美味しいものを見つけたときや遊んでいるときに喜びや快楽を感じないと言い切れるだろうか。
もちろん、苦痛も喜びも、あるいは思考も主観的な経験だから、どれだけそれを感じているように見えて、考えているように見えても、ただそう見えるだけなのかもしれない。しかし、おおくの脊椎動物はヒトと同じような神経構造をしていて、同じような脳内物質を出す。もし私たちが自分以外の人間を哲学的ゾンビだと考えないのであれば、他の生き物たちも私たちと似た経験を持っているだろうと想定する方が筋だ。人間以外の動物はオートマトンだと考えるspecies solipsismでなく、critical anthropomorphismという観点が提唱される。
生き物の行動は適応のための合理的な説明が付けられる。一見意味のなさそうに見える行為は繁殖に有利だから、こうすることで不足しがちなビタミンが得られるから、云々。もちろんそうだろう。そしてそのような説明が可能であることは、その行為をしている当の生き物が楽しんでいるかもしれないことを排除しない。むしろ、適応的な行動に快という報酬が設定されていることは生存に有利なのだから、進化と快は車の両輪であるということ。そして人間だってそうだけれど、行動の適応的な意義はふだん意識されず、行為をドライブするのはそれに伴う快である。(そこにテロスを見いだすことこそ極めて人間的だ)。適応的でない行動ももちろんあるが、いずれにしても、日々の存在は究極の目的ではなく目の前の経験によって彩られている。
野生動物の世界は飢えと天敵との絶え間ない戦いであるかのように表象されがちだが、そんなことはない。不安定な時期と危機との間にはそれがマジョリティである何事もない、楽しみを追求できる多くの時間を生き物たちは過ごしている。
人は動物の経験や感情を否定することで、かれらの搾取的な利用を正当化してきた。けれども、ちゃんと観察し、ちゃんと考えるなら、少なくとも飼育下にある生き物については、苦痛を取り除くだけでなく、快楽を奪わず、最良のものを提供する責任が人間にはあると考えられないといけない。
とまあこれが著者の意見の見取り図であって、ちょっとしつこく書いてある。その他の大部分は様々な実験や観察の記録から引かれた具体例でほぼ二次情報なのでちょっとダレる部分もあるのだが、ときには涙ぐんでしまうほどそれぞれが面白い(生き物に興味がない人には全然おもしろくないと思う)。
というわけで、ここからは面白かったところのご紹介。
- ハイイロホシガラスは35000個の種を隠して全部の場所を覚えている。
- サメはイルカのエコーロケーションを盗み聞きして食べ物を見つける。
- 羊は満腹の羊の顔写真がついたドア、腹ぺこの羊の顔写真がついたドアがあると、必ず満腹のドアを開ける。
- 犬は人間にごはんをもらっているときには尻尾を振るが、人間がいなかったら振らない。
- カラスは、棒を使って鬼ごっこをする。棒を落として、掴んだ烏が次の鬼になる。カラス2匹がくちばしをくわえあって、パラシュートみたいに羽根を広げて落ちる遊びもする。
- 鳥が天敵に近寄ったり、オランウータンが倒れそうな木に乗って落ちる寸戦に逃れたりするなど、スリルを求める遊びを行う動物も多い。
- ゴリラはサンドイッチを作ったりする。食べ物を混ぜたり組み合わせたりして好みの味にする動物はときどきいる。
▼ここから暫く性の話▼
- オスのマナティどうしが69のポジションでペニスを口でくわえ合う。
- 繁殖期以外にも交尾をする動物がたくさん。妊娠中や生理中を含む
- 自慰が確認されている生き物:霊長類、肉食獣、こうもり、セイウチ、ひづめがある動物、齧歯類、クジラ目。鳥にも少ないけどいる。
- オウムやカモメはメス同士がつがいになって営巣することも珍しくない。
- ゾウのクリトリスは40cm。
- 別の種との交尾もある。チンパンジーがヒヒとしたり。
- ニホンザルは尻尾で自分のクリトリスをこする。
- アカゲザルはアナルセックスを好むことも。
- イルカどうしの愛撫は愛撫、口に入れる、など。オスもメスもスリットがあるので、口吻、下顎、各ヒレなど、なんでも挿入する。
- 飼育下のイルカ、一頭がハードルの練習で飛び越すのをわざと失敗して性器をこすりつける、それが流行ってみんなするようになる。
- タイセイヨウマダライルカの"genital buzzing"。水中で低くて短い音を出してそれで相手の性器を刺激する。同性間、異性間両方。
- シカは角が敏感なので、勃起したり射精したりする。
- コウモリは同性どうしで羽で包み合って中で愛撫してる。
- ネズミはこれまで交尾したことがあるケージをしたことがないケージよりも好む。
- メスのゾウは互いのクリトリスを鼻で刺激する。
- オスのロブスターは交尾の前にメスの甲羅をなでる。
- イルカはご褒美として魚よりも撫でてもらうことのを要求することがある。
▲ここまで▲
- ヒョウと牛が友達になった例や、グリズリーが子猫に食べ物を分け与えてから仲良しになった例など、異種間の友情の事例も多い。もちろん、人間と伴侶動物もその一例。
- 人間や犬をパートナーにしたオウムは、他のオウムを拒む。命がけで相手を守ることも。生殖と切り離された愛かも。激しく嫉妬もする。
- お掃除する魚とされる生き物は固体を認識していて、お気に入りのパートナーがいることもある。
- 鳥が発酵したりんご(天然のアルコール)や、怒ったアリから出るギ酸で酔っ払って事故ったりする。鳥が発酵したりんご(天然のアルコール)や、怒ったアリから出るギ酸で酔っ払って事故ったりする。
- バナナの山を予期せず見せられたチンパンジーたちは食べる前に抱き合って大喜びする。
- ゾウは久し振りの相手と再会すると糞尿をまきちらし、ぐるぐる周り、泌物を撒き散らす。
- 人間が鳥の声を楽しむように、鳥も人間の音楽を楽しむ。バロック音楽が好きな子もいれば、シェーンベルクとかが好きな子もおり、音楽のスタイルを聞き分けることもできる。ハトはモネとピカソを見分けられる。
- チンパンジーは人間と似たような状況で笑う。くすぐり、遊んでるとき、追いかけっこの時(特に、追っかけられている方がよく笑う)。1人で遊んでるとき、転がってるとき、自分の脚をくすぐってるときなど。お酒を飲んだら、より笑うようになる。
- ユーモアの感覚:ゴリラのココ 飼育員にタオルの色を聞かれて、何度も「赤」と間違え、最後にタオルについてた赤い糸屑をゆびさす。同じ先生には2回やらない)
- 言葉遊びもする。koko+nut でcoconutとか、ワラを鼻に持っていって、自分のことを「thirsty elephant」と言うとか。「面白いことをして」と言われたら、おもちゃの鳥の目のところにM&Mチョコを持っていったり、鍵を頭に乗せて「hat」と言ったりする。
- 魚の空間認識力はすごい。水たまりが干上がりそうになったら、記憶している別の水たまりに決死のジャンプをするとか。遊びもする。何かを飛び越えたり、馬跳びをしたり。鼻の上にカタツムリを載せてバランスを取ったり。
- クモは、獲物の注意が自分から逸れたときに相手を捕まえる。ハエは集中できる。
- 多くの霊長類は、善悪やフェアネスの感覚がある。仲間が餌をもらえなかったら自分も我慢するとか、食べたら別の猿に痛みを与える状況だったら何日も食べないとか。ネズミも別の個体に苦痛を引き起こすと分かったら我慢する。
- チンパンジーがきれいな夕日を15分くらい見つめて、晩ご飯のためのパパイアを採る暇がなくなってしまって急いで帰ったというアネクドート。
Jonathan Balcombe, _Pleasurable Kingdom._ MacSci, 2007.
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