J.M.クッツェー『恥辱』鴻巣友希子訳

 ワクワク感とか全然なくて、でもさすがにワクワク感とか言ってしまうのは感じの悪すぎる露悪だな。

 舞台はアパルトヘイト撤廃後間もない南アフリカ。「黒人」という言葉が出て来たのは翻訳では1度だけで、南アフリカの非白人は黒人と呼ばれる人だけではないというのもあるが、言語以外に登場人物の人種的特徴を描出しないのはそれが否応なく明らかだからなのだろう。

 主人公に共感させる類いの小説ではない。「それが本当にお前にとって最善の選択なのか考えてみろ」みたいなことを言いながら自分の意見こそが最善だと確信している300ページ。そういう関わりたくない人間を視点人物として読ませるっていうのがすごいことだとは思うけど如何せん疲れた。

 なんかこう朝やってるドラマみたいな感じで急に意地悪な人が改心するみたいな展開にはならないので放り投げることもできず、論点は挙げようと思えばいくつも挙がる。けど今日は他にもいっぱい書いたしね。クッツェーについて語りたくなること、あるかなあ。どうだろう。

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