磯野真穂『ダイエット幻想 やせること、愛されること』
領域横断的で、そしてとても優しい本だと思いました。
工業化の進展にともない、誰もが簡単に太れる社会が到来すると、自らの意思で体重をコントロールできることを示す痩せた体に価値が置かれるようになった。とりわけ女性は容姿の評価に晒されやすい。
その痩せ願望に歯止めが利きづらくなっている状況は、他の人よりちょっといいものを買いたい、みたいな差異化への欲望(ボードリヤール)で部分的に説明することができる。みんなが十分に痩せている状況であれば、それより更にもう少しやせていた方が素晴らしいのだという物語が、「美容体重」さらには「シンデレラ体重」という言葉なんかを使って生み出される。
そして痩せていることは「かわいい」という評価と結び付く。日本では無害で自立していないことが「かわいい」といわれ、女性が自立し成長することを阻む価値観が未だに強い。自立した大人でないことは選ばれる側の条件であり、選ばれる側に立つと、決して完全には分からない選ぶ側の視線を予測しながらメンバー間で比較がつづき、選んでくださる側を否定することが出来ないので選ばれる側のなかで攻撃しあい、たとえ選ばれてもいつ選ばれなくなるか分からないからいつも不安、といったことになる。
そんなふうに常に今より、他の人よりもうちょっと痩せていなければならないという強迫観念に自分の身体が満たされると、普通に食べること、おいしいと感じる経験をすることは難しくなる。痩せようと思うと食べるものや運動量をすべて数字に置き換えて管理しようとするけれど、「食べることの調整を身体から頭に移譲する際、ふつうに食べる力は失われやすい」(171)。ふつうに食べられなくなると待っているのは、食べ物が味わえないし人との食事も楽しくないのに頭の中から食べ物のことが片時も離れず、体がどんどん蝕まれていく生活だ。
そこから抜け出すには、自分が生きてきた文脈のなかの経験、世界との関わりの経験を取り戻すことが必要だ。
……という要約であってるかな。フェミニズムあり、文化人類学ありの読みやすい内容で、けっして何をするな、何をしろ、これさえすればあなたの人生は薔薇色に!!という啓発や押し売りではなく、でも確かにエールであり解放的である本でした。
女性について書かれた内容だけど、身体の管理や性のあり方と食べることの関わりは、もちろんそれだけでは語り尽くせないものがあるよな、とも思っています。もちろん、全部をひとりの著者に求めたりはしないけどね。
磯野真穂『ダイエット幻想 やせること、愛されること』ちくまプリマー新書、2019年。
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