見出し画像

江國香織『つめたいよるに』~「温かなお皿」編〜何度も読みたい本

音楽を聴いていたら、江國香織のある小説を思い出した。恋人の妻に会いに行く女性が主人公の、短編小説。

図書館で文庫コーナーを眺めていたら、江國香織の短編集『つめたいよるに』の中にその作品、『冬の日、防衛庁にて』はあった。この本、家のどこかにあるはずなんだけれど、行方不明でしばらく読んでいなかった。なくなりますよね、文庫本て…。

改めて見てみたら、文庫版『つめたいよるに』は、「つめたいよるに」と「温かなお皿」の2冊の単行本をまとめた文庫だったのだな。

今回は「温かなお皿」からいくつかの作品について語りたいと思います。

『冬の日、防衛庁にて』

先ほど「思い出した」と書いたのがこちら。女性が恋人の妻に呼び出されて、イタリアンレストランで食事を共にするという物語。
メニュー選びで知性を見せようと、主人公の女性が注文を避けた「ミラノ風カツレツ」の描かれ方が印象的。
「温かなお皿」は、昔、単発でテレビドラマ化されたのを観たことがある。短編集なのに、その中からいくつかの作品を関連づけ、一本のドラマに構成し直したのがすごいなと思った。
この『冬の日、防衛庁にて』もドラマに組み込まれていて、登場人物である"妻"のイメージは、ドラマで役を演じた今井美樹のイメージが固定している。

『藤島さんの来る日』

猫の視点で描写されるのが乙な作品。
料理上手なのに、既婚者の恋人が訪ねてきても決して料理はつくらないという猫の飼い主である女性。このポリシーはけっこう印象的だった気がする。はじめて読んだのは、高校生くらいだっただろうか。「そういう気持ちになるものなのか」って思った。今思いつく小説でいうと、小川糸の『喋々喃々』もそうですね。

『コスモスの咲く庭』

読み始めて、そういうえば「海鮮焼きそば」と聞いてよく連想したのがこの作品だったなあ、と思い出した。
普段キッチンに立たない夫が、家族のいない休日に久しぶりに料理をつくる場面が描かれる。
「じゅうじゅういう音とけむり、ソースのこげる匂い」、熱された鉄板にエビをのせると「ぱちぱちと小気味いい音がして」「片面がみるみる赤くなる」、ってめちゃくちゃ食欲をそそる描写。(ちなみに「海鮮」繋がりでいうと、「シーフードカレー」で思い出すのが『こまったさんのカレーライス』です。)

『子供たちの晩餐』

両親不在の夜に、子どもたちだけで過ごすことになった、四人兄弟の末っ子の妹の視点で語られる物語。
その4歳の妹に「私も九歳になれば、あんな風に大人っぽく振る舞えるだろうか」と憧れを抱かせるのは、きょうだいで一番年上の姉。このお姉ちゃん、禁止されている間食をする弟に対して「今日はいいことにしましょう」と「空を見ながら、横顔で」許可をするなど、大人びた振る舞いをすることろに萌えます。

『晴れた空の下で』

読み返すまで忘れていた作品だけど、好きだな〜と思った。認知症がはじまっていると思われる、老人男性の視点で語られる物語。
「わしらは最近、ごはんを食べるのに二時間もかかりよる。(中略)食べることと生きることとの、区別がようつかんようになったのだ。」という出だしからいいですよね。
お汁の中の「手毬麩」のやわらかさの描写が印象的で、手まり麩といえばこの物語を思い出していた気がする。(この本で起きるこの現象、多いな。「ミラノ風カツレツ」もそうだった。)

おまけー『冬の日、防衛庁にて』と東京事変の『落日』

冒頭で書いた、『冬の日、防衛庁にて』を思い出したきっかけとなった音楽とは、東京事変の『落日』。有名な『修羅場』のシングルのカップリングの曲で、クセのないバラードです。当時大好きだったけれど、久々に聴いたらやっぱりめっちゃいい曲。

『落日』と『冬の日、防衛庁にて』、曲と小説の雰囲気が似ているかと言うと、そうとも思わない。描かれている時間帯もちがいそうだし、そもそも視点が男女で逆のようだ。でもどちらもおそらく失恋が描かれているのと、『落日』に、ビルの間を歩いているような空気を感じるからかもしれない。(さらに想像を膨らますと、『落日』は、『冬の日、防衛庁にて』の、直接は登場しない"夫"のその後の視点で描かれる物語と読めなくもないのかもしれない。)

◆◆◆

やっぱりこの頃の江國作品、好きだな〜。
(ただ昔の作品なのもあり、ジェンダーや性別役割分担の捉え方は前時代的だ。そこは踏まえて読む必要があると思う。)

今回読み返してみて、江國作品の登場人物の名前は繰り返し同じものが使われていることがあるな、と気づく。そういう発見もたのしいですよね。

この記事が参加している募集

読んでくださってありがとうございます!