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『愛に乱暴』:ありがとうの大切さを知る

先日『新文芸坐』にて『愛に乱暴』を鑑賞してきました。

出演は、江口のりこさん、小泉孝太郎さん、風吹ジュンさんです。
監督は、森ガキ侑大さん。

とても面白い作品でした。
吉田修一さん原作の小説を映画化した作品なのですが、映画の中でも小説的表現が散りばめられており、描写の意図を読み解くのが楽しかったです。

そんな本作の感想や気づきについて書いていきます。

「ありがとう」を2時間待つ映画

この作品を一言で表すなら「『ありがとう』を2時間待つ映画」です。

主人公・桃子はとにかく報われません。善行を率先して行うのに、当然のようにスルーされていきます。

帰りの遅い夫(小泉孝太郎)に作った、手の込んだスペアリブも、
毎朝義母(風吹ジュン)の分のゴミをゴミ捨て場に持って行ってあげても、
元上司に、好きだった甘納豆をお土産に持って行っても、

誰も「ありがとう」を言いません。見事なまでに。
そしてことごとく無視され、なかったことにされてしまうのです。

さらに桃子はゴミ捨て場の掃除も自主的に行います。
あまりにも積極的に掃除するので、「そういう係に任命されているのかな」と思うほどでした。

そのほかにも、悪意のない悪意に桃子は知らず知らずのうちに傷ついていきます。
産婦人科医のちょっとした発言や、石鹸教室を担当している若い社員のさりげない態度。

ほんのちょっとした表現でも感じ取ってしまう桃子にとっては、生きづらい環境が揃っているなと思いました。

ゴミ捨て場に与えられた意味について

作中何度も出てくるゴミ捨て場。
冒頭ではこの地域でゴミ捨て場の不審火が相次いでいるという描写もあり、ラストでも大きく関わる重要な場所だったと思います。

これ結局なんだったのか、考えてみました。

私は、「桃子の負の感情のメタファー」だったんじゃないかなと思います。
閑静な住宅街の割にいつも汚されていたゴミ捨て場。

チューハイの空き缶やら、ケチャップがぶちまけられたポテト。
どれもカラス避けネットからはみ出て、不愉快なものばかりでした。
ネットからはみ出ているのでカラスも寄ってきています。

これらは、桃子にとっての「理想の自分・生活」を阻害する要素に対する負の感情だったのではないかと考えました。

綺麗に整頓された棚、リビング、時間をかけて作ったご飯。
自分が得意で好きな石鹸のお仕事もこなす。

そんな理想の姿を実現するなかで、少し欠けている部分や、崩れてしまいそうな脆さが垣間見えるとき、心のフタ(カラス避けネット)をはみ出してしまった汚いもの(缶、ポテト)としてゴミ捨て場に現れてしまっているんだと思いました。

だから率先して桃子は掃除をする。
表に出てきては困るものだったからです。

最後はそのゴミ捨て場も不審火によって燃やされ、桃子は現場に鉢合わせます。
この不審火は、桃子の精神の限界や現状打破を表していると思います。

フタをしてきた感情に火がつき、ついに隠せなくなりました。
そして桃子は不審火について何の関係もないのに、警察からの尋問に逃亡してしまいます。

やっと聞けた不完全な「ありがとう」

自分の感情に向き合えなくなってしまった桃子を救ったのは、作中ずっと不気味な登場を続けていた片言の留学生でした。

桃子がいつもゴミ捨て場を掃除してくれていることについて、彼は「ありがとう」と言いました。
私はずっと待ってたんです。「ありがとう」を。ついに聞けました。

でもやっと聞けた「ありがとう」は片言で、多分ありがとうって言ったんだろうなというレベルの不完全なものでした。

それでもこの重い意味を持った「ありがとう」は桃子の心を救ってくれました。
家をチェーンソーで破壊していた時、義母と、夫と会話するとき、色んな場面の桃子が登場しましたが、どれも「理想の自分」を演じるための振る舞いでした。

この時だけは心の底から自分の感情を認め、向き合っていたように思えました。やっと自分を認識してもらえた、という歓喜に私は思えました。

誰かに感謝されたいわけではない、けど、、

生きていると、別に感謝されたくてやったわけではいが、あまりに雑に扱われたり、無視されてモヤモヤすることってありますよね。

無くても構わないが、あると嬉しいのが「ありがとう」の一言だったりするものです。

作中の桃子の奇行はさすがに現実離れしていて共感できないことも多々ありました。
しかし、「変な人のふりをしてあげている」という桃子の主張は、「生きていくなかで感じるモヤモヤを理解できない側」にいる人々に対抗する一つの方法なのかもしれないなとも思いました。


チェーンソーで家を切り刻む場面、スイカを裸で不倫相手の家に持っていく場面など、クレイジーサスペンスの印象が強くなりがちな本作。

しかし、そこに至るまでの些細な積み重ねは私たちの生活でも起こりうることです。
大切なのは「ありがとう」を伝えること。
それから、自分の感情を認めて向き合うことなんじゃないかなと、私は思いました。

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