【1分小説】タエ婆ちゃん
ある田舎の小さな村にタエ婆ちゃんという
腰の曲がったお婆さんが住んでいました。
タエ婆ちゃんは、いつもいつもニコニコしていました。
近所の子ども達がタエ婆ちゃんの家に遊びに行くと、タエ婆ちゃんは冷たい麦茶とスイカを振る舞ってくれました。
隣家の若い夫婦が喧嘩すると、タエ婆ちゃんは夫婦の愚痴をいつも優しく聞いてあげてました。
村の足腰の悪い老人達の家に行くと
タエ婆ちゃんはいつもニコニコして代わりに家事をしてあげてました。
そんなタエ婆ちゃんのことを村のみんな大好きでした。
毎日毎日、この村では
タエ婆ちゃんのおかげで誰かが必ず笑顔になっていました。
タエ婆ちゃんも村のみんなが笑っているのを見るのが大好きでした。
そんな日々がいつまでも続けば良いと思っていました。
でも、幸せな日々はいつまでも続くことはありませんでした。
この村に大きな地震が襲ったのです。
村に住む人達が悪いことをして
天罰として大地震がこの村を襲ったわけではありません。
村に住む人達は穏やかに平和に暮らしていただけでした。
たまたまこの地域に住んでいたということだけで理不尽に大地震に襲われたのです。
大地は裂け、建物は崩れ、多くの人の命が奪われました。
タエ婆ちゃんは買い物に行っていたおかげで助かりました。
でも、住んでいた家は中に入れないほど潰れてしまいました。
タエ婆ちゃんは、大好きだったヨシゾウおじちゃんの遺影を瓦礫を掻き分けながら必死に探します。
手が傷だらけになりながらも探しますが見つかりません。
隣家の若い夫婦がそんなタエ婆ちゃんを見つけて
瓦礫を掻き分けるのをやめさせ、避難所に無理矢理連れて行きました。
避難所には、いつも元気だった村の子ども達がブルブルと震えて泣いてばかりいました。
足腰の悪かった村の老人達は
ほとんど避難所にはいませんでした。
誰も笑顔を見せないまま、怯えながら夜を過ごしました。
次の日の朝、憎たらしいほどの
キラキラした朝日が避難所を差し込みます。
タエ婆ちゃんは、もう一度ヨシゾウおじちゃんの遺影を探しに行こうとしました。
でも、消防隊の人達に止められてしまいました。
諦めて帰ろうとした時、テレビ局のスタッフがどっと押し寄せて消防隊がその対応に追われてる隙を見て、人混みを掻き分け自分の家に向かいました。
タエ婆ちゃんの家は昨日と同じようにペシャンコに潰れたままでした。
ただ一つ昨日と違ったのは、
知らない男がタエ婆ちゃんの家から瓦礫を退かしてヨシゾウおじちゃんがプレゼントしてくれたネックレスやアクセサリーを盗んでいるということでした。
タエ婆ちゃんは大きな声を出して
追いかけますが、泥棒はそそくさと逃げて行ってしまいました。
しばらくして、被災地に国から大量の支援物資が届くと連絡がありました。
でも、いつまで経っても届きませんでした。
噂によると地元の人ではない人達が
持っていってしまったそうです。
そして、再び村に大きな地震が襲いました。
タエ婆ちゃんは急いで逃げました。
「誰か助けて!!」
叫びながら逃げました。
「もうこれ以上何も壊さないで!!」
思い出が詰まった様々な建物が次々と、いとも簡単に崩れていきます。
「お願い、何も盗まないで!!」
家族や村の人達から貰った大切なプレゼントを泥棒達が平気な顔で盗んでいきます。
「だめ!持っていかないで!!」
村の子ども達が待ち望んだ支援物資を
見て見ぬふりをして関係ない人達が持っていきます。
「私の大好きだった人達を返して!!」
目の前で大好きだった村の人達が大地震により命を落としていきます。
「助けて!誰か!お願い!助けて!!」
タエ婆ちゃんは、必死で叫び続けます。
「もうやめてええええええ!!!」
タエ婆ちゃんが叫ぶ姿を見ていた1人の男が呟きました。
「あのお婆ちゃんどうしたんですか?
何もない所に叫んでますけど…」
年老いた男が答えます。
「…ああ、あの人はタエ婆ちゃんって言って震災が起きる前はまともな人だったんだけど、5年前の震災からおかしくなっちまってな。
何が見えてるんだかわからないが、
ああやっていつも何かに向かって叫んでるんだよ。
今もずっとあの日から抜け出せないでいるんだろうな…
震災の頃に比べたら、この村もだいぶ景観は戻ってきたが人の心は壊れたままだな…」
「そうなんですね…」
あまりにも必死で叫び続けるタエ婆ちゃんを見て男は何もできず、ただ見守ることしかできませんでした。