⑥モンキー125で鹿児島へ、そして垂水の夜
宮崎市に入ると、走行のペースはますます緩やかなものになった。目的地の垂水市までは、まだ時間がかかりそうだった。しかし、急ぐことはない。のんびりと走ることで、この土地の風景をゆっくりと楽しむことができるだろう。
「お昼ご飯をどうしようかな」
腹の虚ろな音が聞こえてきた。気がついてみると、走り始めてからまだ一度も食事を取っていなかったのだ。既に昼を回っており、随分と時間が経過している。
しかし、街道沿いに食べたい昼ご飯屋は見当たらなかった。近くにローソンの看板が見えたので、そこで立ち寄ることにした。軽く休憩を取れば、体からくる疲労感も和らぐだろう。駐車スペースに車を止め、ストレッチを兼ねて店内に入った。
冷たいオレンジジュースと、おにぎり2つとおかずの盛り合わせを購入した。レジを済ませると、外の駐車スペースでそれらをあおって食べる。体を休めると同時に、水分とエネルギーの補給が出来て一石二鳥だった。
お互いに気遣う必要のないソロツーリングならではの贅沢な時間。一人でいられるこの時間は、爽快でありながらも旅の孤独を感じさせるものでもあった。
食事を終え、残りの走行距離を確認すると、目的地までは100kmほどの距離があった。予想以上に遠く、垂水に到着するのは予定よりも遅くなりそうだ。
九州の道は山越えが多いため、走行距離の割に時間を要する。焦ることはない。時間に余裕を持って、のんびりとペースで走り続ければいいのだ。
「さすがに疲れたなあ、ホテルに着いたら風呂に入って飯食って、すぐ寝よう」
そう心に決めた。明日は改めて現地の魅力を堪能する予定だ。今日はひたすらに走るだけで良かった。
宮崎市内を抜けると、景色が一変した。路肩にはうっすらとグレーの火山灰が広がり、遠くには活火山の姿がそびえ立っているように見える。ナビを確認すると、まもなく桜島に近づくことがわかった。明日の目的地がそこだと実感が湧いてくる。
火山灰らしきものが見える景色に一瞬ドキッとしたが、すぐに心を落ち着かせた。桜島の火山は活動期に入っているものの、観光地として整備された安全な場所であることを知っていたからだ。明日はその成り立ちや見どころについて、ガイドブックからしっかりと学ぶ機会を設けよう。
そんな興味深い景色を楽しみながら走行していると、路肩に何か気になるものがあるのに気づいた。よく見ると、それは少し年配の家族連れの姿だった。車から降りた複数の人影が、路肩の草むらを何やら探しているように見える。
気になってバイクを減速し、そばを通り過ぎながらその様子を観察してみると、その家族の一人である初老の男性が私に気づき、手を振って声をかけてきた。
「すみません、助けていただけませんか?」
立ち止まるべきか、それとも通り過ぎるべきか。私はその場で迷った。知らない人に関わることは、いつ何が起こるかわからない。しかし、助けを求められた以上、無視するわけにはいかない。
そう決心し、最終的にその場でバイクを停め、私はこの男性に声をかけた。
「何かトラブルですか?どうしました?」
すると、すかさず初老の男性の隣にいた女性が答えた。
「すみません、実は孫がおもちゃを道路脇の草むらに落としてしまって、それを探しているんですが、ぜんぜん見つからなくって。」
「了解です。手伝いますよ。」
そう言って、私もバイクを降り、その家族と一緒に草むらを探し始めた。細かい草が茂る中、小さなおもちゃを見つけるのは容易ではなかった。しかし、協力すれば、必ず見つかるはずだ。
やがて15分ほどが経過し、ついにおもちゃが見つかった。おそらく4、5歳くらいの男の子が、喜びの表情を浮かべ、家族連れは感謝の言葉を述べながら立ち去っていった。
このような出来事に遭遇するのも、思いがけない旅の楽しみの一つだろう。渋滞や事故、あるいは単に道に迷うなどのトラブルは避けられない。しかし、そうしたマイナス面ばかりでなく、プラスの出来事にも遭遇するものなのだ。
人との出会いは、往々にして旅の良い思い出となる。このように、たった一度の善意が人々を喜ばせ、心の交流を生むことがある。そうした経験が積み重なり、豊かな人生観を培うことにつながるのだと感じた。
そうした一件があったものの、徐々に目的地に近づいていった。夕方近くになると、いよいよ垂水が目の前に現れた。国道沿いの集落の雰囲気が、長旅を達成した充実感をもたらした。そして、見渡す限りの大パノラマに映り込む遠景の中に、遂に桜島の雄姿を認めた。明日への期待で胸がわくわくとした。
ホテルに到着し、迅速にチェックイン手続きを済ませた後、すぐに部屋に入った。長旅の疲れが一気に襲ってきて、体がベッドにへたり込んだ。しかし、このまま寝てしまえば、明日の行程に支障をきたすかもしれない。大浴場の温泉にゆっくり浸かり、体の疲れを癒してから、軽く外食をするのが良さそうだ。
湯船に浸かった後、部屋を出て、ホテルの周辺をぶらぶらと歩いた。目に飛び込んできたのは、一軒の道の駅だった。「たるみずはまびら」と書かれた看板には、「海鮮丼」という文字も見える。旬の海の幸を使った丼物が楽しめると知り期待が高まったが、店内を覗いてみると営業は既に終了していた。残念ではあったが、しょうがない。旅先ではこうしたこともよくあることだ。
しかし、店内からは浜辺につながるデッキがあることに気づいた。少し夕方の海風にあたってみたくなり、スロープをくだり外のデッキに出た。凪いでいる垂水の海は時折夕日が水面を鮮やかに反射し、遠くを飛ぶカモメが鳴き声を上げていた。デッキのベンチには若いカップルの姿があり、ひそひそと話をして自分たちの世界に浸っているようだった。
私はしばしこの穏やかな空間に浸りながら、デッキから浜辺を歩いてみることにした。砂浜を往く足下には、打ち上げられた小さな貝殻がくっついていた。波の音に混じり、カモメの鳴き声が聞こえてくる。そうした自然の営みに触れながら、ふと遠く昔の記憶がよみがえってきた。
かつて私は鹿児島出身の女性と恋仲にあったことがある。彼女は音楽をこよなく愛する人で、学生時代から吹奏楽部に所属し、有名な指導者に師事したこともあったようだ。知り合ったのは、私が中部地方で会社員をしていた頃のことだった。
ふたりで手を繋ぎ、海辺の水族館へデートに出掛けた思い出があった。夕日が沈む景色を眺めながら、音楽の道で活躍する夢を語り合ったものだ。しかし当時、垂水の浜辺に一緒に足を運ぶことはなかった。
もし、あの頃この地を訪れていたら、きっと今とは違う人生があったのではないか。この美しい夕景に心を奪われながら、そんな機会を逃してしまったことを少し後悔した。
今となっては彼女のその後を知る由もない。おそらく結婚して家族をもち、安定した生活を送っているのだろう。あの才能と向上心があれば、きっと音楽の世界でも活躍しているに違いない。そう考えると、ふとした偶然に、番号が分かれば連絡を取りたくなった。
確か彼女の実家は、この垂水からそう遠くない場所にあったはずだ。しかし中部地方で別れてから年月が過ぎ過ぎており、いまさら連絡を取るのも気まずい話かもしれない。私たちには今となってはつながる糸すら残されていないのかもしれない。そうなると、抱き続けていた望郷の念にも一線を引かざるを得なくなった。
しばらく砂浜を歩き、そうした昔の思い出に浸った。やがて日が落ちかけた頃、デッキに戻った。カップルの姿は既になく、強くなった海風がさらりと頬を撫でた。
ふと背後を振り返ると、遠くに垂水の町並みが薄れかけた夕日に照らされていた。あの頃、もし彼女とここに来ていたら、この光景を一緒に目にすることができただろうか。そんな二人の時間を逃してしまったことを、今更ながら心底残念に思った。
しみじみとした気持ちを胸に、ホテルへと向かった。部屋で熱いシャワーを浴びてから、コンビニで調達した軽食を済ませた。やがてベッドに入り、眠りについた頃には胸中の望郷の念も吹き飛んで、穏やかな夜を過ごすことができた。翌日への期待に胸を膨らませながら。
<筆者 自己紹介>
私は現在40代後半に差し掛かり、子供たちも徐々に自立し、自分の時間を満喫できるようになりました。免許を取得したのは30代後半でしたが、仕事と家庭のバランスで中々バイクに乗る機会がありませんでした。しかし、最近になってようやく自分の時間を楽しむ余裕ができました。大型バイクは維持にお金がかかりますが、手軽に乗れて維持費も抑えられるバイクを模索していました。そこで私が出会ったのがモンキー125です。このブログでは、私のモンキー125にまつわるエピソード、ツーリングの思い出、カスタムの詳細など、私自身が体験したことを共有していきます。
それに加え、私のYouTubeチャンネルでもいくつかの動画を公開していますので、ぜひ一度ご覧いただければと思います。🏍️✨
モンキー125の走行シーンと独特のサウンド、そしてツーリング体験を、まるで現地にいるかのようにお楽しみいただけます!ぜひご覧ください👇