見出し画像

月曜日の図書館7 事務用品のかわいい考

かわいい、という言葉を使うと不機嫌になる人がいる。語彙や知識が自分は豊富だ、と思っている人ほど、かわいい、は浅くて、軽い表現だと考えているようだ。何でもすぐかわいいでまとめないで、もっと言葉に、厚みを持たせよ。

だからわたしは、全力でかわいいを連発して、彼らをどんどん不機嫌にさせていきたい。

朝の開館準備のとき、お客さん用のえんぴつを削る、という小学生の日直みたいな仕事があって、それがすでにかわいい。ちびていたら削る。電動削り機にえんぴつを恐る恐るつっこむと、どぅるるる、と怖い音を立てて先端が削れる感触がある。電動、というのは人間が手を加えなくても勝手にいい具合に仕上げてくれるという意味のはずなのに、わたしがやるとなぜか削り足りなかったり、尖りすぎて折れたりする。
えんぴつをどのくらいの長さまで提供するかは、人によって感覚が全然違う。小指より短くなっても平気でそのままにする人もいる。短いえんぴつがかわいいのは、それに愛着を持って使うからで、こだわりのないお客さんにはできるだけ新しい長いものを使ってほしい。
Lちゃんがえんぴつ当番のときは、わたしは用心していて、短いまま放置された時はすかさず新品とすり替えるようにしている。事務室に引っこめてもいつの間にかカウンターに戻っていたりして油断ならないので、最近はこっそり自分のお道具箱にためこんでいる。

えんぴつ一本でも、私物化するのは公務員として決して許されないことです、と前の前の前の副館長が職員研修の「はじめのあいさつ」でものすごく怒っていた。

Dがぷりぷりしながら本を修理している。前に借りた人が外れたページをセロテープで貼ってしまったために変色している。破れないようにゆっくりはがし、改めて外れたページをボンドでつけ直す。変色は直せないので、裏表紙に「汚れあり」のシールを貼る。「かっこわる」と絶望したように言う。
背表紙をふと見ると『やられたらやりかえす』というタイトルだった。「いつか目にものを見せてやるって思う相手はたくさんいるけど、そうそううまくはいかない」。

昼を過ぎると分館から本が返ってくる。だいたい一日に600冊くらい。そのうち1/8ほどは壊れて返ってくる。ページが外れた。水に濡れた。書き込みがある。犬がかじった。
直せるものは直す。ハウツー本に書いてあるような、仰々しい道具は使わない。ボンド、ブッカー、割り箸、筆、輪ゴム、目玉クリップ。目玉クリップの目玉って、何のためについているのか分からなくてかわいい。
それに筆。ボンドがつきっぱなしの筆もかわいい。日常的に使うので、いちいち洗ったりしないのだ。長く使ううちにボンドが毛先にも柄の部分にもくっつき、それが何層にもなって独特の造形美。を形成したときにはすでに筆としての用途をなさないくらいカチカチに固まっているので、後は捨てられるだけである。
使わないならわたしにください。これもお道具箱にためこんでいる。

あっ輪ゴム!
T野さんが切れた輪ゴムを床からつまみ上げる。てっきり捨てるのかと思いきや、わざわざ結び直して箱に戻したので、度肝を悲しく抜かれる。ぜいたくは公務員として決して許されないことです。切れても成仏できない輪ゴムは、あまりかわいくない。

返ってきた本を棚に戻し終わると、ブックトラックを交換室に置きにいく。一台は車輪部分が少し曲がっていて、ときどき急に動かなくなったり、まっすぐ進まない。それを知らない人が無理に動かそうとして、乗っていた本ごと横倒しにする事故があり、今は車体に「こわれています」と手書きされた紙が貼りつけられている。右に心持ち体重をかけながら動かすのがコツなのだ。

目玉って何のためについているのか分からないと言ったけど、本当は分かっている。

係長とN本さんは、開館準備中に掃除機をかける。棚の整頓そっちのけで、すみずみまでていねいにかける。
係長は掃除機を「俺のうちのと同じ型なの。吸引力がすごいんだよー」とかわいくてたまらないといった感じで大事に使っている。少しのアレルゲンで発作を起こす体質なので、自らの手で館内を掃除しないと気がすまないのだ。2人が異動したら、無限に湧き出るほこりと一体誰が戦うのだろう。
掃除機は充電が完了すると、開館中でもおかまいなしに大きな音で「線路はつづくよどこまでも」のメロディを最後まできちんと奏でる。

いいなと思ったら応援しよう!