月曜日の図書館 よわいやさしい
月に一度、新聞のファイルを新しくする。ファイルといっても既製品ではなく、新聞のサイズに合わせた大きな板二枚で挟みこみ、ひもで綴じて保存している。縮刷版を別に買っている新聞や、保存年限がきた新聞は板から外して結束し、倉庫へ。この作業を毎月やる。
外した板はもちろん捨てない。次の月の新聞を綴じるのにまた使う。板によっては酸いも甘いもかみ分けた老人のような見た目になっていて大変頼もしい。ひもも今までは同じように再利用していたが、このほど念願かなってついに新しいひもを買ってもらうことができた。
指通りがまるで違う。ひも本来の能力を目の当たりにして、指が感動で震えた。若さばんざい。
N藤くんが落ちていたテレホンカードを交番に届けるなど夢にも思わず、ふつうの落とし物を保管する箱に入れてしまう。とうとうテレホンカードを知らない世代が後輩になったのだ。
この時期の事務室には、新しく来た人、異動していった人からのお菓子が大量にあるという幸福度指数が振り切れ寸前の状態となる。せんべい、クッキー、あられ、フィナンシェ。甘辛のバランスも非常に良い。まめな人が、くれた人の名前と賞味期限を付箋に書いて貼ってくれている。
図書館では声高にわたしが買ってきました!と宣言する文化がない。タイミングよく自分から話題を振れるほど、わたしたちのコミュニケーション力は高くないのだ。
今忙しいかもしれないし。食べろって強要してるみたいだし。手についてるボンドを洗いに行ってもらわなきゃいけないし。
代わりにいつからか、そっと置かれた菓子箱に気づいた人が、これ誰からの?と聞く習慣ができた。自分で注目を集めるより、他人に気配りする方がずっとやさしい。運良く本人が居合わせれば、そこでひとしきり会話も盛り上がる。
ひとり暮らしなのに20個入りのお菓子が食べたくなっても、職場に持っていけば大丈夫!思いもお菓子も誰かが消化してくれる。
M木くんが新しい仕事に前のめりに打ち込みすぎて体調を崩す。午後から行きますと連絡がきたとき、T野さんが一日休んでいいよと伝えた。M木くんは疲れるとすぐ倒れてしかも長引くので、無理をさせない方がいい。
でも、T野さん自身が帯状疱疹になったときは何にも言わずに、治った後で笑い話みたいにして教えてくれたのだった。
自分でしんどいですとは言えないけど、しんどそうな誰かを気遣うことはできる。そんな、まどろっこしくて弱いやさしさが、わたしは嫌いじゃない。
M木くんは辛いものが好きで、病み上がりでもよくカレーを食べる。昼ごはんから彼が帰ってくると、事務室中がスパイスの良いにおいでいっぱいになる。
アルコールのにおいよりずっといい。
テレビから出演依頼がくる。まちあるきに同行して、名所旧跡の説明をしてほしい。平等にじゃんけんで勝負し、わたしは何とか逃げ切った。奥ゆかしいわたしたちにはたとえ数分の出演でも一大イベントだ。負けた人が課長に同行して見守ってほしいと頼んだが間髪入れず断られていた。
表舞台に立ちたい、と最後に思ったのは、小学校低学年のころじゃないだろうか。地域のお祭りで踊る巫女さん役に立候補して、見事合格したのだった。
しかしそれからが大変だった。クリスチャンの母は宗教が教育に関与するなんてありえないと大激怒。学校に異議を申し立て、もちろんわたしの出演も取り消しになった。祖母は孫が悪魔にたぶらかされていると思い込んで一日中神様にお祈りしていたらしい。
かわいい衣装を着てみんなの前で踊ってみたい、というわたしの願いはこうしてあっけなく潰えた。以来、今日まで日の当たらない道を歩くことになる。
どこかに正解があるわけではない。ただ、あのとき何の引け目もなく踊っていたら、自分は今、菓子箱に付箋を貼る人間になっていただろうか、と思う。
vol.69