表か裏か #創作大賞感想
あらすじから物語の扉を開けて、進んでいく。その先は、歩いていたり、走り出してみたり、それとも立ち止まったり、あるいは踵を返したり、読み手の好みや経験によって、そのスピード感は異なる。
これはあくまでも個人的な感想だが、始まりから”重たい”と感じてしまった。僕自身の恋愛経験の少なさも然り、テーマとして興味が薄いことも然り、とにかく読むスピードが上がらない。
もしかしたら、読み手が女性なら、共感したり憤慨したり、主人公の感情に寄り添って話を聞いてあげることができるのかもしれない。
しかしそれは、長い長い助走のようなものだった。
猿荻レオンさんの「コイン・チョコレート・トス」を読んだ。
第1話を読み始めて、これはこのまま読み続けていいのだろうかなんて、不躾ながら心配になった。端的に言えば、時間の無駄になってしまうのではないか、そのくらい沈痛な印象だった。
もし僕と同じように感じて読むのをやめてしまった人がいたら、考え直して欲しい。間違いなく、読み進めるべきだ。
主人公の夫に、知らず知らず自分を重ねてしまった。幸運なことに、これまで物語で描かれるような状況になったことはないけれど、真面目に生きている人にこそ、正義が微笑んでくれる社会であってほしいと常に考えている。だからこそ公務員になったのかも知れない、などと本編に関係ないことを思った。
世の中には、この物語のようなことがどこかで起こっているのかも知れないなどと、ちょっと怖いような感覚で読んでいた。
随所にその片鱗はあったはずなのに、決定的な記述があって初めて、この作者の思惑に気がつくことになる。始まりこそ、じっとりと重苦しい雰囲気が続いていたものの、あるきっかけから、この先どうなるんだろう、と気が気でなくなる。
読み手がたどり着くのは、多くの人が共感するのではないかと思える場所だった。誰にでも、取り戻したい自分がいるのかもしれない。
「起きてしまったことは仕方ない」ポジティブにもネガティブにも使われる言葉だけれど、それは過去を悔やんでいてもダメだ、という励ましの言葉だ。でも、起きてほしくないことは、起きてほしくなかったのだ。そんな記憶を思い出しながら、主人公を見つめてしまう。
物事の真相は、実はよく分からないことが多いのかも知れない。その真相には辿り着けないのかも知れない。でも、どこかに救いはあるのだろう。そう信じたい読み終わりだった。
人を信じることの強さを感じられる作品だった。レオンさんの周囲にはご本人も含め、魅力的な人たちが集まっているのだろうなと思った。