最強の学校案内 #書もつ
大都会東京にして、最後の秘境があるらしい・・しかもそれは山あいの奥地でなく、多くの人々が行き交う「花の上野」。・・秘境とは、東京藝術大学のこと。
音楽や美術を一括りにして、芸術と呼んだりします。僕が通っていた高校では「芸術」という科目があり、入学の時点で芸術の分野を選ぶことになっていました。「美術」か「音楽」か。当時、1学年14クラスあって半分に振り分けられていました。
僕は部活を続けたいこともあり、絵が描ける自信もなかったので、音楽を選びました。学内では、美術を選んだクラスを「美クラ」と呼び、音楽は「音クラ」と呼んでいました。吹奏楽部の僕たちの学年は、音クラの生徒しかいませんでした。
いつだったか忘れてしまったけれど、僕は大人になってから藝大の学祭に行ったことがありました。
初日ではなく、2日目くらいの時期で、名物の御神輿が飾られているのを眺めては「さすが・・めちゃめちゃかっこいい」と呟き、音楽大学の方に行けば”コンバス・オーケストラ”(コントラバスだけで結成されているオーケストラ)があったりして、度肝を抜かれました。
毎週木曜日は、読んだ本の記録を書いています。
最後の秘境 東京藝大
ー天才たちのカオスな日常ー
二宮 敦人
日本における音楽や美術といった藝術分野における最高学府として、国立大学の一つである東京藝大はあります。この投稿にあたりチラリとHPを覗いてみたら、いま学長は日比野克彦さんなのだそう。
これは、とある作家が、その藝大にいる”おもしろ人物”(作家の妻)に気がついて、実際に中に入って話を聞き、実物を観て、聴いて、書かれた作品です。
が、おもしろ人物紹介のようでいて、それだけではなくて、わけのわからない「藝大」という世界を、分かろうと心を砕いて書かれているのがありありと伝わってくる作品で、読んでいる間、藝大に行ったような気分になって、とても楽しかったです。
基本的には、学生や卒業生へのインタビューをメインとして、随所に作家本人が見た景色が組み合わさって、一本のドキュメンタリー映画を見ているように感じられました。
藝大は、音楽と美術との校舎が別れていて、門を入るとそれぞれが分かれるように進むのですが、まず学生の見た目が違うのだと語られます。
さらに、学生を取り巻く経済観念の大いなる違いや、時間がもつ残酷さと悠長さ、さらには各学科における魅力などなど、その内容は幅広くて驚きます。
恐る恐る踏み入れたジャングルに、みたこともない花が咲いていたり、信じられない景色が広がっていたりして、知らぬ間に奥に入りこむ感じ。・・悪くない、むしろもっと欲しくなる感じなのです。
そこにいるのは、天才、神童、サラブレッド、そんなふうに呼ばれ育ってきた演奏家の卵たちであるけれど、彼らの言葉を聴いていると、その天才にも影があり、庶民的な視点や思いがあることに気がつきます。
それまで、音楽と美術を分けていたものが、藝大では交わり高めあう存在になっているのも藝大の魅力。なんでもあり・・な風潮が、新しいものや今までになかったものを生み出していくのかも知れません。
作家があとがきに書いているのは「何章か最終稿から削っている」という衝撃の事実。確かに、多くの学生の話を聴いて、それでも「一部」しか見えてこないようにも感じられて、もっともっと知りたくなります。
作者の温かな発見は、秘境に住む天才たちを励まし、また天才とはいえ一人の人間であることを再確認するものでした。
読み終えて感じたことを、そのままこの投稿のタイトルにしました。こんな学校案内を読んでしまったら、その学校に入りたくなります。
魅力的な人が沢山いて、苦楽があって・・将来はあまり分からないけれど・・、個人主義の現代にあって、良くも悪くも切磋琢磨できる環境があることは、ちょっと羨ましいなと思います。
天才になるために入る藝大ではなく、天才が入る藝大といった側面はありつつも、藝という字が”育てる”といった意味を持つように、日本の藝術を背負っている彼らの活躍を少しでも知りたいなぁと思うのでした。