弟の手
今から10年ほど前だろうか。
まだ祖母と祖父が亡くなって間もない頃。
私と母は、祖父と祖母の住んでいた家に住んでいた。(今は私が亀と二人暮らし。)
祖母と祖父の使っていた一階のトイレ便器の汚れがあまりにも酷くていくら掃除しても綺麗にならなかった。
ある日弟が遊びに来て、その話が出ると、弟は「そんなもん俺が手で綺麗にするよ。店のトイレいつも掃除してるから。」と、こともなげに言った。
耳掃除しようか、くらいのノリで。
私は心臓を鷲掴みにされた位の衝撃を受けた。
後になって、手で便器の中を掃除する、と公言するアイドルもいる事を知った。
便器を掃除していたが、いつも汚い仕事と思っていた自分が情けなかった。
弟の言葉に、心から自分を恥じた。
それ以来、便器の掃除はいつも手作業だ。
石けんをスポンジにつけてキレイにする。スポンジは、キレイに手で洗う。
弟の手は、普通の男性より小さい。
指もお世辞にも長いとは言えない。
「男らしい」手ではない。
ぽちゃぽちゃして、優しそうな手だ。
母はいつも、その事を口にして、「さぞかしいじめられただろう」
と嘆いた。
私は、器用に、丁寧に、弟の手から生み出される工芸品や、さまざまなラーメンを知っている。
まるで魔法の手だ。
大学時代、クラブチッタでギターを演奏した弟の手。
私の大好きで大事な魔法の手だ。
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