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桃谷蛙月
2019年10月20日 17:04
「松葉」茜の呼び声に応じるようにして、顔を起こす。短いキスと、肌の温もり。一瞬だけ触れて、彼女は再び自分の世界に戻った。この行為に意味はない。茜にとって、"キスをすること"は本当に些細なことなのだ。例えば、辞書を引いて言葉を調べるように。絵描きが、デッサンをするように。小説家や漫画家が取材旅行と言って海に行くように。恋とか、愛とかは関係ない。気になったから、するのだ。そのために、定期的
2019年10月22日 19:18
旧校舎の二階。扉を開けると水を吸った木の匂いと、たまったほこりの匂いが鼻腔を擽る。開かずの棚の道の奥。二つ並べた古びた机の寝台。そこがあいつの特等席。「寝てんのか」 窓から差し込む、午後の日差しを浴びながら、あいつはゆっくりと顔をこちらに向けた。「起きているよ。お前の足音は騒がしい」「じゃあそれらしくしろよ」 ん、と小さく返事をして、友瀬は体を起こした。足の高さが不ぞろいな机が、ガタガ