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ネットの彼氏



世界はいろんな愛で溢れている。
いろんな形の愛が、いろいろなかたちで、物語をつくっている。


この文を書くにあたって、いろいろ考えた。
今でこそマッチングアプリを使ったり他人が使うことに抵抗を感じる事は少なくなったが、当時、現実世界で交わらずにネット上で出会うことは危険で、やってる人本当にいるんだ〜みたいなところは少なからずあったと思う。出会いなんて人それぞれだけれど、現実世界で交流するのが一般的だから、ネットで知り合った、とか言ったら「えぇ…(察し)」みたいな風潮は今でもあると思っている。

マッチングアプリや、ネットの出会いの偏見が変わりつつあるが、まだまだ偏見的な目で見られることも多くあるだろう。
今日は、私の過去の愛のかたちをつらつら書いてみようと思う。




中2で彼氏が出来た。
ネットで出会った。



初めて自分のスマホを握りしめた時の重さは、今でも忘れない。
ずっと子供ケータイだった私は、中学一年生、憧れのスマホを持つ事が許された。

スマホを買ってもらうにあたって、親と約束を結んだ。
1.家に帰ったらスマホは親に預けること。(外出の連絡のみ可能)
2.顔の知らない人とは繋がらないこと。
3.LINE以外のSNSはしないこと。
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30.約束を破ったら解約すること。

今思えば厳しいルール。
で、私は2番の約束をまんまと破ったわけである。

Simejiというキーボードのアプリ。
わたしが使っていた頃は、スタンプという機能があって、画像をタイムラインに投稿すると、その画像をキーボード内からスタンプ代わりに送信できる機能があった。
そのタイムラインには便利な検索機能があって、私は当時好きだったアニメの名前を入れた。
いくつもの画像が出てきたかと思うと、それは全て同じ人が投稿していた。
検索したアニメだけではなく私の好きなアニメの画像が他にも色々投稿されており、ネット初心者な私は、わたし以外にも好きな人いるんだ!(馬鹿)と嬉しくなった。
その投稿は、アニメのキャラの画像と、知っている方いませんか?という文が付け足されている。コメントに「初めまして、わたしもアニメ好きです」と送信した。

彼からすぐに返事が来た。
すかさず私も返事をする。
何ラリーも会話が続く。
どきどきした。彼は優しかった。まずは肯定の文章、その後に共感の文。最後に私への質問。その質問もわたしが答えやすいようにちゃんと考えてくれてるのがよく伝わる文だった。
親の目の前では彼との交流は出来ないから、学校の行き帰りでしか話せない。
その、他とは違うシチュエーションに、特別なコミュニケーション。

自己紹介が終わって、アニメについて一通り話したところで、LINEを交換した。
「ネットで繋がってしまった」というしっかりとした意識が、初めてLINEを交換したことによって脳が認識した。
毎朝、8時過ぎ。中学は家から割と近かったから、いつもより少し早くに家を出て、ゆっくり歩きながら会話をした。
大体、アニメの新情報が解禁されたとか、ここのシーンが好きだとか、アニメの話ばかりだったけれど、ごく稀にお互いの学校であった小話を挟んだりして、お互いがプライベートを無理に詮索せずに、心地良く語ることのできる場所だった。
私はアニメやイラストを描く事が好きだった。彼に送ると、褒めてくれた。イラストの好きな部分を丁寧に教えてくれた。褒めてくれた部分は、殆ど私が力を入れて描いた部分だった。

私は授業が終わればすぐ校門を出て、スマホの電源を付ける。相手の学校は、校内でもスマホを使用することが許可されていたため、羨ましく思った。
帰りはゆっくり歩く。15分で歩く道を、30分かけて歩く。
家に帰ったらスマホはあまり触れないから、この時間がいつまでも続けばいいのにと何度も思った。

客観的に見たらスマホ依存症にしか見えない絵面だが、私にとっては気の合う友達と話せるコミュニケーションツールでしかなかった。
スマホの向こう側にいる彼は人間で、彼も学校に通い、毎日頑張っている。
ちょうどコロナ禍で自粛期間になったときは、もうだいぶお互いの考えることが容易に想像できるようになって、長年の友達のような関係になっていた。
彼は、当時彼女が居ると言っていて、仲睦まじい様子を聞いたりなんかして、いいなぁ、なんて思っていたけど、最近彼女の話題が出てこなくなったから、今上手くいってないのかな、と思っていた。
お互いの年齢は聞いていなかったが、この時ようやく同い年ということが判明して、更にぐっと仲が縮まった。同い年でこんなに素敵な人が居るなんて、信じられなかった。
会話しているうちに、アニメではなくて、お互いの心の内や思っている事を話す方が楽しいとお互いが気づいたくらいで、ようやく私は彼のことが好きなんだ。と気づいた。

ある日Twitterをサイトで閲覧していた時に、アニメの公式ツイートに反応している、あるアカウントが目に留まった。それは、私のイラストがアイコンに設定されていた。
すぐに彼だと分かった。私の馴染みのある文体がそこにはあった。ほぼアニメのリツイートばかりだったが、たまに吐き出される呟きは、彼そのものだった。
どんな文と比べても、私は彼の文ならすぐ分かってしまうほど、彼に染まっていた。

LINEでは、返事を敢えて可愛くしてみたり、ドキッとするような言葉を恥ずかしながらも打ったりした。お互いの顔は分からないし、住みも曖昧だから、実際都合の良いように相手を解釈することが出来るのもあって、盛り上がった。もう私はこの距離感が我慢できなくて、想いも溢れてしまって、七夕の夜、リビングのソファーの上で告白した。好きになっちゃったので、付き合ってください、と、意を決して想いを文字に乗せた。
よろしくお願いします、と既読から1分も経たずに返事が来た。
初めての彼氏だった。


「おはよう」と彼からくるメッセージに、今までにはない新鮮さを感じた。
家で、親のいないところで携帯を盗み見ることが増えた。
「おやすみ」は、安らかな眠りに包まれそうなおまじないのように、私の身体を安心させた。
毎日、幸せだった。会う事はないし、この恋がいつ終わるかも分からないけど、そんなことよりも、少しでも彼を近くに感じていたかった。
彼は、私を愛してくれた。何度も私の好きなところを教えてくれた。
私と彼の好きの度合いは全く一緒のように感じた。
寒い冬の登下校は、外に居るのがつらかったが、彼のメッセージに温かさを感じて、さほど辛さを覚えなかった。
新着メッセージが重なる度に、私の好きも積み重なった。
たまに彼が送ってくれる景色の写真で、何度もそこで彼とデートする想像をした。
もしも彼が同じ学校で、同じクラスだったら。付き合ってただろうか。
顔も声も分からないけど、きっと優しいんだろうなと思った。
この心地よさが一生続いたらいいのにと何度も思った。

記憶は曖昧だが、春、桜が綺麗に街を彩っていたあの日、親が私の目をまっすぐ見て「警察を呼ぼうと思っている」と言った。
何のことか分からなかったが、わたしが心当たりがあるのは彼だけだったので、なんとなくバレたのかと思った。

次の日、机の上のスマホが無くなっていた。
解約させられた。
本当に、こども携帯を持たされた。
「もしおじさんだったらどうするの」「もし殺されたらどうするの」「ストーカーされたらどうするの」
親は、ずっと私が知らない誰かと話しているのを知っていた。
親は、顔も知らない相手と繋がるのは危険だからやめろ、と言った。殺されたら遅いと言った。
約束ごとを破った私に、「もうあなたに信用はない」と言われた。
だけどわたしが欲しかったのは、親の信用じゃなくて、彼との何気ない会話だった。
ありとあらゆる怖い「もし」を何度も無理やり想像させられた。
でも彼を悪い人だとは思えなかった。
彼に、別れの言葉も告げられず、だけどもう一生話すことができないと思った。
泣いても泣いても彼とは会えなかった。どんな日常も、彼と結び付けてしまって、悲しかった。彼の好きなアニメも、見れなくなった。見ただけで、あの甘い記憶が私の頭を支配しようとした。
彼のために書いたイラストや、思い出のものを捨てた。失恋と同じだった。
それから、なるべく彼を思い出さないようにした。彼をようやく意識せずに生活できるようになったのは1年後くらいだった。

高校生になり、スマホを買ってもらえた。
また3年前と同じような約束を結ばされた。
そんなのはどうでもよかった。AndroidからiPhoneにレベルアップした。


気がつけば、彼のTwitterを検索しているわたしがいた。
そこには、まだ私の描いたイラストがアイコンに設定されていた。
呟きも、昨日したと思われるものがひとつ置かれていた。

彼は、私のこと、覚えてくれているだろうか。
急に消えた私を、彼はどう思っただろうか。
この日から1年ほど、私は彼との実質的な再会を果たそうか、悩んだ。悩みに悩んだ結果、1年も要した。もちろん1年間ずっと悩んでいた訳ではないけれど、どうこう考えているうちに時間が流れていった。
再開したところで、前みたいな関係になれるか未知だし、もうとっくに彼には新しい彼女がいるかもしれなくて。
だけど、声をかけないまま終わるのは寂しくて。
恋愛的な事を置いておいて、1人の人間として、彼を友達と見た時に、やっぱり諦めきれなかった。

高校2年生、冬、Twitterのアカウントを作って、声をかけた。
この1年、何度も彼のTwitterを検索し、覗いた。少しでも、今、どうしているか知りたかった。
送るとすぐに、既読がついた。


覚えてるよ‼︎


この6文字で、いろいろな感情が込み上げた。
彼は、別れたとは思っていなかった旨を報告してくれた。ずっと待っていたらしい。
ずっと彼は、消えた私のことを考えていてくれたのだ。
彼はずっと優しかった。喋れなかった数年を埋め合わすように会話をし続けた。
今まで話せなかったことを、ひとしきり話した。
現在を報告しあえるほど落ち着いたとき、関係を戻そうと言われた。嬉しかった。

だけど、高校生、私は演奏活動するようになって、中学とは比べものにならないくらい忙しくなってしまった。
しかも、また彼とのこっそり会話を楽しむ楽しさより、今度はバレたら次がないという会話をするリスクの方が大きかった。
彼との会話は充分楽しかった。
だけど、精神的に不安な感情が芽生えることが多くあった。
また別れたらどうしよう、バレたらどうしよう、
会話をすっかり楽しめなくなって、練習にも身が入らなくなってしまった。
私は親にバレる前に電話をして、お別れをしようと提案した。

彼は受け止めてくれた。
初めて聞く彼の声は、とても優しくて、同時に紡がれる言葉はいつも以上に繊細だった。ずっと聞きたいと思っていた声、やっと聴けたのに、嬉しいとは思えなかった。
当時は、電話したら緊張しちゃうのかもしれない、向こうにとっても私の声は初めてだから、変な声と思われないかな。とか、電話に対する様々な想像を思い描いていたけれど、実際、無機質な音の振動だった。緊張もしなかった。中学の頃のわたしが未来で彼と電話をすることを知ったら、多分相当喜んでいたと思う。

彼は、泣いていた。
これが、本当に最後の別れの言葉だから、お互いに、何を言わなきゃいけないか、冷静に考えられなかった。
電話で、お互いが好きだった曲を歌った。彼は歌が上手かった。私の声が重なって音が調和したとき、ようやく彼の人間味を感じた。
下手な文の羅列だけでは時の流れを体感できないから上手く伝わらないが、彼と一緒に会話した期間は本当に長かった。365日、毎日した会話は、今まで家族と喋った言葉より多く感じた。
その関係を、自らの手で終わらせるのには、すごく抵抗感があった。
ずっと待ち続けてくれた彼を、わたしが拒絶するようで、正直、彼から私に関する全部の記憶を奪いたかった。

最後は、彼の大好きだよ の言葉で別れた。
長年の想いに幕を閉じた。


今は彼を思い出しても、恋愛的な感情は浮かばない。
相手が、相手の描いた実際には存在しない空想の私を、今でも好いてくれているかは分からない。


私の中のネットの恋愛は、こうして終わった。
今、これを書いていても彼に対して何の感情も芽生えないあたり、本当におわったのだなとひしひしと感じる。


もう、復縁しようとも思わない。
わたしが空想の中で広げたあの彼と結婚は出来ないし、付き合ったところでその後何にも発展することがないことを、私は知っている。

私の愛のかたちが、現実世界で生まれなかったのは事実だけれど、その愛が存在していなかった訳ではない。
世の中には、二次元のキャラクターと結婚した方もいるし、物に対して愛を捧げる人もいる。それぞれのかたちで、私はたまたまネットで知り合った人だっただけだ。

とっても健全な関係だった。平和だった。
今でもこうやってnoteで色々な方と繋がっているが、親からしたらこれも危険なのだろうか。
マッチングアプリと、私と彼の出会いは然程変わりはない気がする。 
Simejiのアプリで出会ったか、マッチングアプリで出会ったかの違いだ。
何ならSimejiで恋愛的に繋がろうと思って繋がった訳ではないので、割と安全だと思うのだが。

彼は、元気にしているだろうか。
今でもたまに、彼のTwitterを覗いてしまう。
ただプロフィールから下はリポストでほぼ埋まっていて、彼がどこで何をしているか、全くわからなかった。
彼はわたしの連絡先を一切知らない。わたしの方が少しずるい気がしている。
未練はない。



彼のTwitterのアイコンには、当時中学生の私が描いたアイコンが、今でも設定されている。

木漏れ日

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