掌編小説:不即不離
洗いたてのシーツを伸ばし、ベットの上で広げる。四隅に回り込み、余ったシーツを折りたたむようにマットレスの下に押し込んだ。
寝室の掃除とベットメイキングを終えた私は立ち尽くす。
----あぁ、これ以上掃除しなくていいんだ。
ぼんやりとそんな言葉が脳裏によぎった、習慣と違う行動をとるのは酷く緊張する。だから予定の時間まではいつも通り掃除をしていたのだ。
私は掃除道具を片付けると、コーヒーメーカーの前に立つ。そして入れたてのコーヒーに毒を数滴入れたのだ。
そろそろステフが帰って来るだろう。
*
人とコミュニケーションをとるのが苦手な私にとって、ステフに家政婦として雇われるのはとても嬉しいことだった。なんせステフは人間が嫌いだったからだ。
面接の時にはっきりと言われた。
「必要以上の会話はしないで」そう口にしたステフの目は、まっすぐ私を射抜くように見ていた。
「はい」私は短くそう返事をする。
それから広い家の中に2人だけ、沈黙でも落ち着いた空間がそこにはあった。私達は上手くやれている。
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ある日の晩、ステフが夕食を食べてるとぽつりと呟いた。
「美味しい」
これは決して私に話しかけているのではない、思わずでた独り言なのだ。
だが、私は失礼のないように虫の鳴くような声で「ありがとうございます」と、同じように独り言を言ったのだ。
それからステフを好きだという気持ちが私の中で大きくなった。他人に物怖じしないステフの言動は私の憧れともいえた。
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ある日、ステフはロイという男性を連れて来た。
ロイの分の食事も作ったら、「今後、彼の分は必要ない」と短く言われた。2人の会話から察するに彼は人間ではないのだ。ロボットなんだろう。
でも、それは信じがたいことだった。ロイのような挙動をするロボットを見たことなかったからだ。
私はよく会話をする2人にだんだん疎外感を感じるようになっていた。
----私の方がよっぽどロボットだ。
そんなことを思っては、楽しそうに会話をする2人を見る日々だった。
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私は以前のステフを取り戻したい一心でネットで彼女のことを調べ始める。するとそこには彼女を批判する言葉が並んでいた。
その言葉の多くは彼女の開発した兵器で大事な人を失った敵国の人々によるものだったが、ちらほらそうでないものも目についた。
こんなに憎まれている人を私は見たことがなかった。
私もステフが憎い。
一定の距離を保っていた私達の平穏な生活にロイが加わることで、私は自分が孤独だと思い知った。
----ステフ、あなたによって孤独や喪失感を感じている人がたくさんいる。これ以上、人を傷つけてはいけない。
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「おかえりなさい、ステフ、ロイ」
今日は頭を下げずに言った。最後にステフの顔を見ておきたかったからだ。定刻に帰って来た2人はいつも通り、私に目を向けず歩いていく。
私はいつかと同じように虫の鳴くような声で続けて言った。
「さようなら」
私は2人の声が響くこの広い家を後にした。
≪ おわり ≫
ご一読ありがとうございます。他の作品もいかがでしょうか。