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自分を大切にしたら怒りが出てきた

こんにちは、momomoです。

少し前に記事にした「わたしは私を一番に大切にする」ということ。

これが自分にしっくりきたので”自分を一番大切にする”という視点で生活をするようになりました。

自分の中から出てくる気持ちに耳を傾けてみるということをしている中で想定していなかったことがあったのでシェアしたいと思います。


想定していなかったこと、それは「怒り」でした。

小さな違和感や喜びに目を向けたときに、小さいけれど感じ、無視できない違和感があることに気づきました。

それは今まで”大したことじゃない”とか、”そんなことで怒るなんて大人げない”といって気持ちに蓋をしてきたところだとわかりました。

内容はほんとに些細な、小さなことです。

例えば、家族に気遣って送ったLINEに返信もなければ既読にもならなくて気をもんだ、とか。

楽しみにしていたオンラインライブが主催者側の機器の不調でリアルタイム参加できなかった上にリアル参加できた人の驚きとラッキーだという喜びを後からの配信で知ってしまったとか。

たまたまの小さなことがいくつか重なり、心の中のもやもやがあふれ出しました。

そこで、家族も寝静まった深夜に心を落ち着けて内観してみることに。

すると、子供のような「わたし」がそこにはいて、めちゃめちゃ怒っていました。

自分がぞんざいに扱われたと、怒っていたのでした。

どうしたものか、という冷静な自分もいて、ふと

「よひとやむみな身魂磨き実践法」の中の一文、
「あなたはあなたの聖母になるのだ」が浮かび、そうしてみました。

怒っている子供のような「わたし」の話をうん、うん、と聞く。

そうしている間に、落ち着いてきた「わたし」に、起きた事象はちがう視点でこうもとれるよ、とやさしく話ししてあげる。

そして、自分の中にまだ優劣の両極を持っていることにも気づき、それも「わたし」と話しました。

そうやって、一人二役ではあるものの、やっていくうちに心は落ち着き、あったかい気持ちが戻ってきました。

自分を大切にするというのは、楽しいことも、うれしいことも、そして自分の不満や怒りも含めてちゃんと受け止めることなんだと、今回の体験で思いました。

また、めっちゃ怒るときもあるでしょうが、もう一人の自分がまた聞き役をしてくれるでしょう(笑)。

感情は右にも左にも振れるもの。

それを分かって、一瞬それに飲み込まれても中心へ戻ることさえできれば、そんなに不安や怒りに長期的に振舞わされることはない。

引き続き、自分を大切にしていこうと思います。

余談ですが、何度確認しても既読にならなかった家族へ送ったLINEが翌日、前日の夕方に既読になっていたという表記にかわっていました。

学びの時間だったのかな~。



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